・・・しかれどもコレラも黴菌病なりしを知り、すこぶる安堵せるもののごとし。 我ら会員は相次いでナポレオン、孔子、ドストエフスキイ、ダアウィン、クレオパトラ、釈迦、デモステネス、ダンテ、千の利休等の心霊の消息を質問したり。しかれどもトック君は不・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ なかなかどうして、歯科散が試験薬を用いて、立合の口中黄色い歯から拭取った口塩から、たちどころに、黴菌を躍らして見せるどころの比ではない。 よく売れるから、益々得意で、澄まし返って説明する。 が、夜がやや深く、人影の薄くなったこ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・巷の百万の屋根屋根は、皆々、同じ大きさで同じ形で同じ色あいで、ひしめき合いながらかぶさりかさなり、はては黴菌と車塵とでうす赤くにごらされた巷の霞のなかにその端を沈没させている。君はその屋根屋根のしたの百万の一律な生活を思い、眼をつぶってふか・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・これはひょっとしたら、単純な結膜炎では無く、悪質の黴菌にでも犯されて、もはや手おくれになってしまっているのではあるまいかとさえ思われ、別の医者にも診察してもらったが、やはり結膜炎という事で、全快までには相当永くかかるが、絶望では無いと言う。・・・ 太宰治 「薄明」
・・・私は、この緑の風呂敷を、電燈を覆うのに使用したわけは、けれども、その不潔の風呂敷の黴菌を、電球の熱でもって消毒しよう、そうして消毒してから、ながくわが家のものとして使用しようなどの下心からではない。そんなことは無い。私には全くそんな悪心がな・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 流感は初期にかかると軽いが後になるほど悪性だとよく人が云う。黴菌がだんだん悪ずれがして来て黴菌の「ヒト」が悪くなるせいでもなさそうである。 流行の初期に慌てて罹る人は元来抵抗力の弱い人ではないかと思う。そういう弱い人は、ちょっと少・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・これは人工的加工でこしらえたものも多いようであるが、もとはやはり天然の植物黴菌か何かでできたものがあるのではないかと思われる。そう言えば培養された黴菌の領土の型式の中にも多少類似のものがあったように思うが、これも何かの思い違いかもしれない。・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・これは化膿しないためだと言うが、墨汁の膠質粒子は外からはいる黴菌を食い止め、またすでに付着したのを吸い取る効能があるかもしれない。 寒中には着物を後ろ前に着て背筋に狭い窓をあけ、そうして火燵にかじりついてすえてもらった。神経衰弱か何かの・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ これも近頃聞いた話であるが、稲の生長を助けるアゾトバクテルという黴菌がある。また同じような作用をする原生動物がある。ところが最近の日本の学者の研究によると、この二つのものを別々でなく同時に作用させると両方の作用が単に加算的でなくてそれ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・に関する一節があって、そこには風土病と気候の関係が論ぜられ、また伝染病の種子としての黴菌のごときものが認められる。 最後にアゼンスにおける疫病流行当時の状況がリアルな恐ろしさをもって描き出されている。マンローによればこれはおもにツキジデ・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
出典:青空文庫