・・・ 赤熱しない許りに焼けた、鉄デッキと、直ぐ側で熔鉱炉の蓋でも明けられたような、太陽の直射とに、「又当てられた」んだろうと、仲間の者は思った。 水夫たちは、デッキのカンカンをやっていたのだった。 丁度、デッキと同じ大きさの、熱した・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・友人が笑って、鈎の先で腹に穴を開けたら、プスウと空気の抜ける音がして、破れた風船のようにしぼんでしまった。 河豚は生きているのを料理するよりも、死んで一日か二日経ってからの方がおいしい。料理法は釣る方とは関係がちがうから省くが、河豚釣り・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・夜が明けても困る」と、西宮は小万にめくばせして、「お梅どん、帽子と外套を持ッて来るんだ。平田のもだよ。人車は来てるだろうな」「もうさッきから待ッてますよ」 お梅は二客の外套帽子を取りに小万の部屋へ走ッて行った。「平田さん」と、小・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・と、吉里は障子を開けて室内に入ッて、後をぴッしゃり手荒く閉めた。「どうしたの。また疳癪を発しておいでだね」 次の間の長火鉢で燗をしながら吉里へ声をかけたのは、小万と呼び当楼のお職女郎。娼妓じみないでどこにか品格もあり、吉里には二三歳・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・この際や読書訳文の法、ようやく開け、諸家翻訳の書、陸続、世に出ずるといえども、おおむね和蘭の医籍に止まりて、かたわらその窮理、天文、地理、化学等の数科に及ぶのみ。ゆえに当時、この学を称して蘭学といえり。 けだしこの時といえども、通商の国・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・――ただ何だか遠方の地平線に薄ぼんやりとあかるく夜が明けかかっているような所が見えるばかりだ。 未知の神、未知の幸福――これは象徴派のよく口にする所だが、あすこいらは私と同じ傾向に来て居るんじゃないかと思うね。併し彼等はまるで今迄とは性・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・しかしすぐに開けて読もうともしない。 オオビュルナン先生はしずかに身を起して、その手紙を持って街に臨んだ窓の所に往って、今一応丁寧に封筒の上書を検査した。窓の下には幅の広い長椅子がある。先生は手紙をその上に置いて自身は馬乗りに椅子に掛け・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・あの子が夜遊に出て帰らぬ時は、わたしは何時もここに立って真黒な外を眺めて、もうあの子の足音がしそうなものじゃと耳を澄まして聞いていて、二時が打ち三時が打ち、とうとう夜の明けた事も度々ある。それをあの子は知らなんだ。昼間も大抵一人でいた。盆栽・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・(家来来て桜実一皿を机の上に置き、バルコンの戸を鎖戸はまあ開けて置け。(間何をそんなに吃驚するのだ。家来。申上げても嘘だといっておしまいなさいましょう。(半ば独言ははあ、あの離座敷に隠れておったわい。主人。誰が。家来。何だかわた・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・余が不思議そうにしていたので、女は室の外の板間に出て、其処の中障子を明けて見せた。なるほど東大寺は自分の頭の上に当ってある位である。何日の月であったか其処らの荒れたる木立の上を淋しそうに照してある。下女は更に向うを指して、大仏のお堂の後ろの・・・ 正岡子規 「くだもの」
出典:青空文庫