・・・それぞれの用意も想像以外の水でことごとく無駄に帰したのである。 自分はこの全滅的荒廃の跡を見て何ら悔恨の念も無く不思議と平然たるものであった。自分の家という感じがなく自分の物という感じも無い。むしろ自然の暴力が、いかにもきびきびと残酷に・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・僕は意外に心が据った。「もう少し書いたら行くから、さきへ帰っていな」と、僕は一足さきへ吉弥を帰した。 一八 やがて井筒屋へ行くと、吉弥とお貞と主人とか囲炉裡を取り巻いて坐っている。お君や正ちゃんは何も知らずに寝て・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ かつ椿岳の水彩や油画は歴史的興味以外に何の価値がない幼稚の作であるにしろ、洋画の造詣が施彩及び構図の上に清新の創意を与えたは随所に認められる。その著るしきは先年の展覧会に出品された広野健司氏所蔵の花卉の図の如き、これを今日の若い新らし・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・椿岳の傑作の多くは下町に所蔵されていたから、大抵震火に亡びてしまったろうと想像されるが、椿岳独特の画境は大作よりはむしろ尺寸の小幀に発揮されてるから、再び展覧会が開かれたら意外の名幅がドコからか現れるかも知れない。かつ高価を支払われて外国へ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ゆえにデンマークの富源といいまして、別に本国以外にあるのでありません。人口一人に対し世界第一の富を彼らに供せしその富源はわが九州大のデンマーク本国においてあるのであります。 しかるにこのデンマーク本国がけっして富饒の地と称すべきではない・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ みんなは、意外なできごとに驚いて、三人をやっとのことでなだめました。「ちょうど、ここから見ると、あの太陽の沈む、渦巻く炎のような雲の下だ。その島に着くと、三人はひどいめにあった。朝から晩まで、獣物のように使役された。俺たちはどうか・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・その時分には、天才を人間以外の人間の如く、天才には、すべてが許されなければならないと、特権あるものゝ如くに考えた時代もありました。 いま、それ等が、いかに愚であったかということと悟るのであります。英雄も、天才もたゞ真実に生きる人間という・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・ 私はことの意外におどろいた。「あ、ちょっと……。宿はどこですか。どの道を行くんですか。ここ真っ直ぐ行けばいいんですか。宿はすぐ分りますか」「へえ、へえ、すぐわかりますでやんす。真っ直ぐお出でになって、橋を渡って下されやんしたら・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・大阪だ。催眠剤に使用される珈琲は結局実用的珈琲だが、今日の大阪もついに実用的大阪になり下ってしまったのだろうか。 しかし大阪はもともと実用的だったとひとは言うだろう。違う。大阪以外の土地が非実用的すぎただけで、大阪には味も香もあったのだ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ それは、全く、彼にも想像にも及ばなかった程、恐ろしい意外のことであった。鑵の凹みは、Yが特に、毎朝振り慣れた鉄唖鈴で以て、左りぎっちょの逞しい腕に力をこめて、Kの口調で云うと、「えゝ憎き奴め!」とばかり、殴りつけて寄越したのだそうであ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫