・・・合点しやがて本文通りなまじ同伴あるを邪魔と思うころは紛れもない下心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添いの裏二階もう掌のうちと単騎馳せ向いたるがさて行義よくては成りがたいがこの辺の辻占淡路島通う千鳥の幾夜となく音ずるるにあなたのお手はと逆寄・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・事実、私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思いをした。 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのような、ひねこびた熱い強烈な愛情をずっと奥底に感じた・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・その父か母に昔から幾代か続いた高貴の血があって、それゆえ、この人の何の特徴もない姿からでもこんな不思議な匂いが発するのだ。実に父祖の血は人間にとって重大なものだ、などと溜息をついて、ひとりで興奮していたのですが、それは、違いました。私のそん・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・人恋わぬ昔は知らず、嫁ぎてより幾夜か経たる。赤き袖の主のランスロットを思う事は、御身のわれを思う如くなるべし。贈り物あらば、われも十日を、二十日を、帰るを、忘るべきに、罵しるは卑し」とアーサーは王妃の方を見て不審の顔付である。「美しき少・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 古き幾世を照らして、今の世にシャロットにありとある物を照らす。悉く照らして択ぶ所なければシャロットの女の眼に映るものもまた限りなく多い。ただ影なれば写りては消え、消えては写る。鏡のうちに永く停まる事は天に懸る日といえども難い。活ける世・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・時の幾代を揺がして知られぬ未来に響く。日を捨てず夜を捨てず、二六時中繰り返す真理は永劫無極の響きを伝えて剣打つ音を嘲り、弓引く音を笑う。百と云い千と云う人の叫びの、はかなくて憐むべきを罵るときかれる。去れど城を守るものも、城を攻むるものも、・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 生きなければならないばかりに栄蔵は、自分より幾代か前の見知らぬ人々の骨折の形見の田地を売り食いして居た。 働き盛りの年で居ながら、何もなし得ないで、やがては、見きりのついて居る田地をたよりに、はかない生をつづけて行かなければならな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 幾世代の歴史の間で、人間はたしかに進歩して来ているのだけれど、その著しい進歩はどうして可能だったのだろう。 例を近くにとってみれば、一人の男、一人の女がそんなに入り組んだ諸要素をもって生れて来ていて、それでどうして、その要素の各方・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・人類として、彼等の尊重すべき伴侶として立つべき位置に立てられて幾代かを経た此方の女性と、彼女の最愛の「良人」をさえ「主人」と呼んで暮して来た日本女性との間に、其の力ある発展に於て差異を持って居るのは、寧ろ悲しむべき当然と申さなければ成ないの・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ わしの幾代か前の祖先、幾代か昔の皇帝の時からこの権は王がもって居ったのをわしの時に法王にゆずったと申いては、わしがいかにものう愚かな者の様に後の人達は思うのじゃ。 心からわしが御事を偉い御方じゃと思うたらゆずっても進ぜようがのう、・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫