・・・この勢力を名づけて政府の御威光または会社の力といい、この勢力を以て行う所の事を名づけて政府の事務または会社の事務という。即ち公務なり。この公務を取扱う人を名づけて政府の官員または会社の役員といい、この官員の理不尽に威張るものを名づけて暴政府・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・然るに日本に於ては趣を異にし、男子女子の為めに配偶者を求むるは父母の責任にして、其男女が年頃に達すれば辛苦して之を探索し、長し短し取捨百端、いよ/\是れならばと父母の間に内決して、先ず本人の意向如何を問い、父母の決したる所に異存なしと答えて・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・但し天地は広し、真実の父母が銭の為めに娘を売る者さえある世の中ならば、所謂親の威光を以て娘の嫁入を強うる者もあらん。昔の馬鹿侍が酔狂に路傍の小民を手打にすると同様、情け知らずの人非人として世に擯斥せらる可きが故に、斯る極端の場合は之を除き、・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・子生るれば、父母力を合せてこれを教育し、年齢十歳余までは親の手許に置き、両親の威光と慈愛とにてよき方に導き、すでに学問の下地できれば学校に入れて師匠の教を受けしめ、一人前の人間に仕立ること、父母の役目なり、天に対しての奉公なり。子の年齢二十・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・すると、議論じゃ一向始末におえない奴が、浅墓じゃあるが、具体的に一寸眼前に現て来ている。――私の心というものは、その女に惹き付けられた。 これが併し動機になったんだ。勢い極まって其処まで行ったんだが、……これが畢竟一転する動機となったん・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・が先日ここで落ちあった二人の話で見ると、石塔は建てたが遺稿は出来ないという事だ。本屋へ話したが引き受けるという者はなし、友達から醵金するといっても今石塔がやっと出来たばかりでまた金出してくれともいえず、来年の年忌にでもなったらまた工夫もつく・・・ 正岡子規 「墓」
・・・すが手前の処はやはりお古い処で御勘弁を願いますような訳で、たのしみはうしろに柱前に酒左右に女ふところに金とか申しましてどうしてもねえさんのお酌でめしあがらないとうまくないという事で、私などの汁粉党には一向分りませんが、ゲーッアー愉快愉快。一・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・赤毛の子どもは一向こわがる風もなくやっぱりじっと座っています。すると六年生の一郎が来ました。一郎はまるで坑夫のようにゆっくり大股にやってきて、みんなを見て「何した」とききました。みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指しま・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・『人民の文学』はそのころから一九三三年著者が検挙されるまでのわずか五年間ほどの間に書いた評論と、十二年とんで、一九四六年以降に書いた三編が入っている。 いまこの四冊の評論集をながめて、書評を書こうとし、非常に困難を感じる。なぜなら、この・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・門衛がいるが、一向意地わるそうでもないし、うたぐり深い目つきもしていない。「受付はどこでしょう」と私がきいたら『プラウダ』をよみかけていたままの手をうごかして、「ずっと真直入って行くと右側に二つ戸がある、先の方のドアですよ」・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫