・・・ 何と言っても、はじめて、作家に志してから、苦しんだことは、独自の境地を行こうとする努力と、その作品を直に金に換えなければ、衣食することができなかったことです。文壇の大勢に、時としては、反抗したものを書き、それを売らなければ、ならぬとい・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・この一種異色ある「どうぞ……」は「どう」の音のひっぱり方一つで、本当に連れて行ってほしいという気持やお愛想で言っている気持や、本当に連れて行ってくれると信じている気持や、客が嘘を言っているのが判っているという気持や、その他さまざまなニュアン・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
坂田三吉が死んだ。今年の七月、享年七十七歳であった。大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変りな人物は出ないであろう。奇行、珍癖の横紙破りが多い将棋界でも、坂田は最後の人ではあるまいか。 坂田は無学文盲・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・で、もしこれらの文学青年がああ云う勿体ないことをする暇があったら、東京へ出て互いに似たり寄ったりの党派を作ることを止め、故郷に於て同志を集め小さいながらも機関雑誌を発行して異色ある郷土文学を起したならば、どうであろうか」 ひところ地方文・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・由来、この国の人は才能を育てようとしない。異色あるものに難癖をつけたがる。異分子を攻撃する。実に情けない限りだ。もっとも甘やかされるよりも、たたかれる方が、たたかれた新人自身を強くすることもある。僕は処女作以来今日まで、つねにたたかれて来た・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・という仏蘭西映画にペペ・ル・モコという異色ある主人公が出て来たが、そのペペをもじったのか、それとも、ペッペッと唾を吐く癖からつけたのか。「ストリート・ガール……?」 人を驚かすが自分は驚かぬという主義の豹吉も、さすがに驚きかけたが、・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・「その章魚の木だとか、××が南洋から移植したというのはおもしろいね」「そう教えたのが君なんだからね。……いかにも君らしいね。出鱈目をよく教える……」「なんだ、なんだ」「狐の剃刀とか雀の鉄砲とか、いい加減なことをよく言うぜ」・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・彼はともかくも、衣食において窮するところなし。彼には男爵中の最も貧しき財産ながらも、なおかつ財はこれあり、狂的男爵の露命をつなぐ上において、なんのコマルところはないのであるが、彼は何事もしていない。「ロシヤ征伐」において初めて彼は生活の・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・自首した後での妻子のことを思い、辞職した後での衣食のことを思い、衣食のことよりも更に自分を動かしたのは折角これまでに計営して校舎の改築も美々しく落成するものを捨て終うは如何にも残念に感じたことである。 其処で一日も早く百円の金を作るが第・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 真蔵は衣食台所元のことなど一切関係しないから何も知らないのである。「どうして兄様、十一月でさえ一月の炭の代がお米の代よりか余程上なんですもの。これから十二、一、二と先ず三月が炭の要る盛ですから倹約出来るだけ仕ないと大変ですよ。お徳・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫