・・・だから、幸福とはどういうものかという問いに答える人々の言葉は実に区々で、ある人は幸福とは各人の主観でだけ感じられる一つの心境であるというし、他のある人は、最低限の衣食が足っていれば幸福であるとし、第三のひとは、健康こそ幸福であるというであろ・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・この傾向は、自然主義が日本に移植されてから、その社会的事情に従って次第に低俗な写実主義に陥って来ている文学の伝統と計らずも微妙な結合を遂げ、今日一部の作家に見られる些末的な、或は批判なき風俗小説を生むに至っている。散文精神という言葉はこれら・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ジイドの箇人主義は、それが日本へも移植されたフェルナンデスの主張する行動のヒューマニズムの文学が要求するニイチェ的な意味での全的なる箇としての箇人主義であることは周知のことである。ジイドの「芸術的な無道徳主義は」、「ニイチェの『危険な生き方・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・米国の持って居る不思議な、特殊な浅薄さをまで無条件に移植するのは、単に趣味の上から申した丈でも否なりと存じます。今世界と云うと、米国が中心で廻転して居るような感が無いでもございません。けれども、米国人も人間ではございませんか、人性の錯綜に就・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・同時に占領した中国の村落へ、すぐ社会主義的な規律と文化とを移植した。彼等は、村の住民がすてて逃げた家々を掠奪から守り、農民が帰って来たとき、農村ソヴェトの組織を指導した。赤軍映画隊は、弁髪長い中国の農村プロレタリアートに、最初の文化の光、キ・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・こういうこまかな表現にこそ、外国語のニュアンスの移植のむずかしさがひそめられているということを感じさせる。 それらの努力の窺える真面目な訳であるのだけれど、読んでゆくうちに、訳文全体の調子が、一種の低さを感じさせるのは、何故だろう。何と・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
・・・之まで文化といえば、衣食足った後にひまな時間に従事する仕事のように思われていた。本を読むといえば、それを生意気と思われたのは、女に対してばかりの偏見ではなかった。また文化性をもった人というのは工場から、務め先からかえってくればシャレた背広に・・・ 宮本百合子 「明瞭で誠実な情熱」
・・・謂わば、条件のよくない風土に移植され、これ迄伸び切ったこともない枝々に、辛くも実らしいものをつけた果樹が、第二次世界大戦の暴風雨によって、弱いその蔕から、パラパラと実を落されたと云えないであろうか。これ迄のフランス文化が自身の古い土壌の上で・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・プロレタリア文学における作家の成長は、ブルジョア文学の分野にあるように、ただ書きかたのこつの問題ではないし、独特性の異色の獲得でもないし、ましてただ珍奇な題材の発見の問題ではない。プロレタリア作家は、日本の社会の歴史とともに階級的に成長しな・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・ 荷風の方は、家父もみっともないことをせずひっこんでおれといわれ、衣食の苦労もないところから、その内面の苦痛に沈酔した結果、ヨーロッパの真の美を、その伝統のない日本、風土からして異る日本に求めたとしてもそれは無理である、ヨーロッパ文学の・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
出典:青空文庫