・・・次第に彼は放蕩に身を持ちくずし、とうとう壮士芝居の一座に這入った。田舎廻りの舞台の上で、彼は玄武門の勇士を演じ、自分で原田重吉に扮装した。見物の人々は、彼の下手カスの芸を見ないで、実物の原田重吉が、実物の自分に扮して芝居をし、日清戦争の幕に・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 客の羽織の襟が折れぬのを理しながら善吉を見返ッたのは、善吉の連初会で二三度一座したことのある初緑という花魁である。「おや、善さん。昨夜もお一人。あんまりひどうござんすよ。一度くらいは連れて来て下すッたッていいじゃありませんか。本統・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・君らがいわゆる盛会に例の如く妓を聘し酒を飲み得々談笑するときは勿論、時としては親戚・朋友・男女団欒たる内宴の席においても、一座少しく興に入るとき、盃盤を狼藉ならしむる者は、君らにあらずして誰ぞや。その狼藉はなお可なり、酒席の一興、かえって面・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・虚子の句は沢山も見んのでよくわからぬが、商売に身が入って句が下手になったなどという悪口はもとより一座の滑稽話しに過ぎないとしてもとにかく一方に注意すれば他の一方に不注意になるという事は人間に免れぬ事であるから、その点については虚子も一応・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 疾翔大力、微笑して、金色の円光を以て頭に被れるに、その光、遍く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、 汝等審に諸の悪業を作る。或は夜陰を以て、小禽の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・そして、人生のある程度の経験から幸福について話すように一座に招かれた男女たちも、いつしか、幸福という二つの文字を互の間にやりとりしながら、目に見えないものを見えるように示そうと努力しながらついに大抵の場合不成功に終っている。幸福というものが・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・橋谷をはじめとして、一座の者が微笑んだ。橋谷は「最期によう笑わせてくれた」と言って、家隷に羽織を取らせて切腹した。吉村甚太夫が介錯した。井原は切米三人扶持十石を取っていた。切腹したとき阿部弥一右衛門の家隷林左兵衛が介錯した。田中は阿菊物語を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
一 村では秋の収穫時が済んだ。夏から延ばされていた消防慰労会が、寺の本堂で催された。漸く一座に酒が廻った。 その時、突然一枚の唐紙が激しい音を立てて、内側へ倒れて来た。それと同時に、秋三と勘次の塊りは組み合ったまま本堂の中へ・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 食事が済んだ時、それまで公爵夫人ででもあるように、一座の首席を占めていたおばさんが、ただエルリングはもう二十五年ばかりもこの家にいるのだというだけの事を話した。ひどく尊敬しているらしい口調で話して、その外の事は言わずにしまった。丁度親・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・一か月の後にはツェザアレ・ロッシ一座の立て女優としてチュウリンへ乗り込む。この初陣に当たって偶然にも彼女はサラ・ベルナアルと落ち合ったのである。舞台監督はこの新しき女優を神のごときサラと相並べることの不利を思って一時彼女を陰に置こうとした。・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫