・・・ 霊廟の土の瘧を落し、秘符の威徳の鬼を追うよう、たちどころに坊主の虫歯を癒したはさることながら、路々も悪臭さの消えないばかりか、口中の臭気は、次第に持つ手を伝って、袖にも移りそうに思われる。 紫玉は、樹の下に涼傘を畳んで、滝を斜めに・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 村の水天宮様の御威徳を説く時の顔つきである。「ほほほ」「おもしろいな、それは」「そんなら食べなんすか」「食べるよ」「じゃ、よかった」と、またあちらへすたすたと、草履の踵へ短い影法師を引いて行く。 鳩は少しも人に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・山崎氏の父祖の遺徳の、おかげと思うより他は無い。ちなみに、書房の名の砂子屋は、彼の出生の地、播州「砂子村」に由来しているようであります。出生の地を、その家の屋号にするというのは、之は、なかなかの野心の証拠なのであります。郷土の名を、わが空拳・・・ 太宰治 「砂子屋」
・・・今日吾々日本国民の形体は、伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体にして、吾々の依って以て社会を維持する私徳公徳もまた、その起源を求むれば、二尊夫婦の間に行われたる親愛恭敬の遺徳なりと知るべし。 夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本にして更に争うべか・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫