・・・ 銭を擲げては陰陽を定める、――それがちょうど六度続いた。お蓮はその穴銭の順序へ、心配そうな眼を注いでいた。「さて――と。」 擲銭が終った時、老人は巻紙を眺めたまま、しばらくはただ考えていた。「これは雷水解と云う卦でな、諸事・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・自分は、今この覚え書の内容を大体に亘って、紹介すると共に、二三、原文を引用して、上記の疑問の氷解した喜びを、読者とひとしく味いたいと思う。―― 第一に、記録はその船が「土産の果物くさぐさを積」んでいた事を語っている。だから季節は恐らく秋・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・しかしまだ不幸にも御存じのない方があれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・が、特に飲用水だけは水屋の水を使っていた。僕はいまだに目に見えるように、顔の赤い水屋の爺さんが水桶の水を水甕の中へぶちまける姿を覚えている。そう言えばこの「水屋さん」も夢現の境に現われてくる幽霊の中の一人だった。 一七 幼稚・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ベッカアはある夜五六人の友人と、神学上の議論をして、引用書が必要になったものでございますから、それをとりに独りで自分の書斎へ参りました。すると、彼以外の彼自身が、いつも彼のかける椅子に腰をかけて、何か本を読んでいるではございませんか。ベッカ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ 使 それは陰陽師の嘘でしょう。 小町 いいえ、嘘ではありません。安倍の晴明の云うことは何でもちゃんと当るのです。あなたこそ嘘をついているのでしょう。そら、返事に困っているではありませんか? 使 (独白どうもおれは正直すぎるよう・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・廁は井戸に列してそのあわい遠からず、しかも太く濁りたれば、漉して飲用に供しおれり。建てて数十年を経たる古家なれば、掃除は手綺麗に行届きおれども、そこら煤ぼりて余りあかるからず、すべて少しく陰気にして、加賀金沢の市中にてもこのわたりは浅野川の・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・を挙げよというなら、間もなくおれが智慧をしぼって考えだした支店長募集など、そのひとつだろう。例によって「真相をあばく」を引用しよう。 五 ――馴れぬ手つきで揉みだした手製の丸薬ではあったが、まさか歯磨粉を胃腸薬に・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・うしろには鬼がいるにきまっているとは、横光さんの言葉で、武田さんもよくこの言葉を引用していた。 しかし、そんな悲しい武田さんを想像することは今は辛い。やはり、武田麟太郎失明せりというデマを自分で飛ばしていた武田さんのことを、その死をふと・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
一 スタンダールは彼の墓銘として「生きた、書いた、恋した」 という言葉を選んだということである。 スタンダールについて語る人は、殆んど例外なしに、この言葉を引用している。まことにスタンダールらしい言葉、スタンダールの生涯・・・ 織田作之助 「中毒」
出典:青空文庫