・・・淀野隆三の文章は、たしかに綺麗で、おっとりした気品さえ出ている。 フィリップ。これは、断じて、可愛げのある作家では無い。私、フランスのむかしの小説家の中で、畏敬しているもの、メリメ。それから、辛じて、フィリップ。その余は、名はなくもがな・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・太郎はおっとりして愛嬌があって、それでやっぱり男らしかった。次郎もやはり坊ちゃんらしい点は太郎に似ていたが、なんとなく少し無骨で鈍なところがあった。赤は顔つきからして神経的な狐のようなところがあったが、実際臆病かあるいは用心深くて、子供らし・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・目のまわりにあったヒステリックなしわは消えておっとりした表情に変わっていた。どういう良い待遇を受けて来たのだろうというのが問題になった。親の乳でも飲んだためだろうという説もあった。 夏も盛りになって、夕方になると皆が庭へ出た。三毛もきっ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 重吉はちょっと腑に落ちないという顔つきをしたが、それでもいつものようなおっとりした調子で、なぜですかと聞き返した。「なぜって、君のような道楽ものは向こうの夫になる資格がないからさ」 今度は重吉が黙った。自分は重ねて言った。・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。特に女性は美しく、淑やかな上にコケチッシュであった。店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・は文章達者な人だと云う事が話に出た事があるし又その文章を見せてもらった事も有ったが、色の淡い、おっとりした淋しい筆つきの人だと云う事だけは知って居たけれ共顔は知らなかった。 私はきっと彼の人だと思った。 どうしても聞かずには置けない・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・段々観ていると、彼女の特徴である大きな鼻や我儘そうな口許が人形のような化粧の下からはっきりして来た。おっとりした里栄に好意を感じつつ、自然位置の関係から彼等は桃龍を中心にする。こんなことにも彼女等二人の性格の違いが現われていて面白かった。・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・あんなおっとりした若い娘を煽動してストライキに引こんだのは誰の仕業かね?」「ストライキをしていた時、あの父親はやめさせて呉れと警察へたのみはしなかった。会社がたのんだ。警察は会社のために犬馬の労をとったのだ。――そうでしょう? あの親父・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 木が多いので、春から夏にかけての庭は、おっとりして森の一部を切り開いて住んで居る様でいいけれ共、それだけ冬が来ると淋しい庭になる。 萩などは、老人の髪の様に細く茶っぽくちぢんで、こんぐらかって、くちゃくちゃになって居るし、葉をあら・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・家が、金持ちの実業家であり、末の娘であることから、ちっとも憎らしくはないたよたよとした処、無意識の贅沢、おっとりした頭の働きが、ありありと思い出される。 その他、私としては、胆に銘じ、忘れ得ない記憶がその人に就ては与えられている。私は、・・・ 宮本百合子 「追想」
出典:青空文庫