・・・子供の片言でも、商品の広告文でも、法律の条文でも、幾何学の定理の証明でもそうである。ピタゴラスの定理の証明の出て来る小説もあるのである。 ここで言葉というのは文字どおりの意味での言葉である。絵画彫刻でも音楽舞踊でも皆それぞれの「言葉」を・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・に特別のアクセントを置いて、なんべんとなく、泣くように訴えるように恨むように、また堪え難い憤懣を押しつぶしたような声で繰り返している片言まじりの日本語を聞いていたときに、自分はやはり妙に悲しいようなさびしいような情けないような不思議な感じに・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・下り坂の茶店で休んだときにそこのお神さんが色々の火山噴出物の標本やラヴァやカメーの細工物などを売付けようとしたが、こしらえもののいかものだけはわが地質学者を欺く訳に行かないのがおかしかった。片言のイタリア語でお神さんに「コレ、日本の地質学者・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・またの逢瀬の約束やら、これから外の座敷へ行く辛さやら、とにかく寸鉄人を殺すべき片言隻語は、かえって自在に有力に、この忙しい手芸の間に乱発されやすいのである。先生は芝居の桟敷にいる最中といえども、女が折々思出したように顔を斜めに浮かして、丁度・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 子供は、早朝の爽やかな空気の中で、殊に父に負ぶさっていると云う意識の下に、片言で歌を唄いながら、手足をピョンピョンさせた。――一九二六、一一、二六―― 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・ドイツからの労働者見学団の若い男女たちは、その収穫の壮大な仕事ぶりを見てきたばかりなので、片言のロシア語やあやしげな英語でさかんにその見事な様子について私に話してきかせる。私がロストフへきていたのもその「ギガント」を見るためなのである。・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・あの頃の作者と読者とはほんとに敏感で、おたがいに片言でものを云って、それでやっと心を通わせ合って暮した。そんなに日本中が牢獄的であった。 わたしはその頃の日本のすべての人民の苦痛と精神も肉体も不具にされていた日の記念として、きょうではお・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・かぜもひかず、くるくるして片言を云っている。汽車の絵をかかせるのですが、何故だか、チッチャポッポが大好きです。スエ子は盲腸がどうやらおさまり。鵠沼の方にさむしくないところを一部屋かりて、当分暮すでしょう。この家も一月末にはとりこわしがはじま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ など、片言に話し、それに答えて母親がまたびっくりするような上手さで、いろいろこの小さい子供が往来で見聞して来ているものや子供をよろこばせたこまごました印象と結びつけ、電車の物語、自動車の物語をしてやっている。 私は、母の愛情から自然に・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・私は必ずしも真黒だ、まっくらやみの中だということは申しませんが、何にいたせ、明るい光の下において検討された事件でないということを、今朝来、被告人等の片言隻語の中から受取ったのであります」そして大岡越前守が「あの封建時代、みずから捕え、みずか・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫