・・・親戚の女学校へ行っている娘は、友達の間で私の名が出るたび、肩身がせまい想いがするらしい。「そうだったかな。しかし誰に貸したんだろうな」「一人じゃないでしょう。来る人来る人に喜んで読ませてあげていたでしょう」悪趣味だという口つきだった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・お辰は存分に材料を節約したから、祭の日通り掛りに見て、種吉は肩身の狭い想いをし、鎧の下を汗が走った。 よくよく貧乏したので、蝶子が小学校を卒えると、あわてて女中奉公に出した。俗に、河童横町の材木屋の主人から随分と良い条件で話があったので・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 母が身ももはやながくはあるまじく今日明日を定め難き命に候えば今申すことをば今生の遺言とも心得て深く心にきざみ置かれたく候そなたが父は順逆の道を誤りたまいて前原が一味に加わり候ものから今だにわれらさえ肩身の狭き心地いたし候この度こそそなたは・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・馬島に哀れなる少女あり大河の死後四月にして児を生む、これ大河が片身、少女はお露なりとぞ。 猶お友の語るところに依れば、お露は美人ならねどもその眼に人を動かす力あふれ、小柄なれども強健なる体格を具え、島の若者多くは心ひそかにこれを得んもの・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・故上野殿だにもおはせしかば、つねに申しうけ給はりなんと嘆き思ひ候ひつるに、御形見に御身を若くしてとどめ置かれけるか。姿の違はせ給はぬに、御心さへ似られける事云ふばかりなし。法華経にて仏にならせ給ひて候と承はりて、御墓に参りて候」 こうし・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・と、他人から云われると、おきのは、肩身が広いような気がした。嬉しくもあった。「あんた、あれが行たんを他人に云うたん?」と、彼女は、昼飯の時に、源作に訊ねた。「いゝや。俺は何も云いやせんぜ。」と源作はむし/\した調子で答えた。「そ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 石炭酸の臭いがプン/\している病院の手術室へ這入ると、武松は、何気なく先生、こんな片身をそぎ取られて、腹に穴があいて、一分間と生きとれるもんですか、ときいた。「勿論即死さ。」 医者は答えた。武松は忽ち元気を横溢さした。「じ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・それも子供らの母親がまだ達者な時代からの形見として残ったものばかりだった。私が自分の部屋に戻って障子の切り張りを済ますころには、茶の間のほうで子供らのさかんな笑い声が起こった。お徳のにぎやかな笑い声もその中にまじって聞こえた。 見ると、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・長いことお三輪が大切にしていた黒柿の長手の火鉢も、父の形見として残っていた古い箪笥もない。お三輪はその火鉢を前に、その箪笥を背後にして、どうかしてもう一度以前のような落ちついた心持に帰って見たいと願っていた。 このお三輪が震災に逢った頃・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 母さんを記念するものも、だんだんすくなくなって、今は形見の着物一枚残っていない。古い鏡台古い箪笥、そういう道具の類ばかりはそれでも長くあって、毎朝私の家の末子が髪をとかしに行くのもその鏡の前であるが、長い年月と共に、いろいろな思い出す・・・ 島崎藤村 「分配」
出典:青空文庫