・・・甚太夫と平太郎とは、年輩こそかなり違っていたが、背恰好はよく似寄っていた。その上定紋は二人とも、同じ丸に抱き明姜であった。兵衛はまず供の仲間が、雨の夜路を照らしている提灯の紋に欺かれ、それから合羽に傘をかざした平太郎の姿に欺かれて、粗忽にも・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ と沖の方を見ていた妹が少し怖そうな声でこういきなりいいましたので、私たちも思わずその方を見ると、妹の言葉通りに、これまでのとはかけはなれて大きな波が、両手をひろげるような恰好で押寄せて来るのでした。泳ぎの上手なMも少し気味悪そうに陸の・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・蝌斗が畑の中を泳ぎ廻ったりした。郭公が森の中で淋しく啼いた。小豆を板の上に遠くでころがすような雨の音が朝から晩まで聞えて、それが小休むと湿気を含んだ風が木でも草でも萎ましそうに寒く吹いた。 ある日農場主が函館から来て集会所で寄合うという・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 今椅子に掛けている貨物は、潜水器械というものを身に装った人間に似ていて、頗る人間離れのした恰好の物である。怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレン・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・お前さんぐらいな年紀恰好じゃ、小児の持っているものなんか、引奪っても自分が欲い時だのに、そうやってちっとずつ皆から貰うお小遣で、あの児に何か買ってくれてさ。姉さん、しみじみ嬉しいけれど、ほんとに三ちゃん、お前さん、お食りなら可い、気の毒でな・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 中に荒縄の太いので、笈摺めかいて、灯した角行燈を荷ったのは天狗である。が、これは、勇しき男の獅子舞、媚かしき女の祇園囃子などに斉しく、特に夜に入って練歩行く、祭の催物の一つで、意味は分らぬ、と称うる若連中のすさみである。それ、腰にさげ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・おとよは思い出したように洗い始める。格好のよい肩に何かしらぬ海老色の襷をかけ、白地の手拭を日よけにかぶった、顋のあたりの美しさ。美しい人の憂えてる顔はかわいそうでたまらないものである。「おとよさんおとよさん」 呼ぶのは嫂お千代だ。お・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、右の手を出させたが、指が太く短くッて実に無格好であった。「お前は全体いくつだ?」「二十五」「うそだ、少くとも二十七だろう?」「じゃア、そうしておいて!」「お父さんはあるの?」「あります」「何をしている?」・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ところがその出来上ったインキスタンドは実に嫌な格好の物で、夏目さん自身も嫌で仕様がないとこぼしておられたことを記憶している。 左様、原稿紙も支那風のもので……。特に夏目漱石さんの嫌いなものはブリウブラクのインキだった。万年筆は絶えず愛用・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
私は、机の前に坐っているうちに、いつしか年をとってしまいました。床屋が、他人の頭の格好を気にしながら、鋏をカチ/\やっているうちに、自分の青年時代が去り、いつしか、その頭髪が白くなって、腰の曲った時が至る如く、また、靴匠が仕事場に坐っ・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
出典:青空文庫