・・・そしてもう少し行くと、中座、浪花座と東より順に五座の、当時はゆっくりと仰ぎ見てたのしんだほど看板が見られたわけだったが、浜子は角座の隣りの果物屋の角をきゅうに千日前の方へ折れて、眼鏡屋の鏡の前で、浴衣の襟を直しました。浜子は蛇ノ目傘の模様の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 仁丹を買うためにパトロンを作った彼女は、煙草も酒も飲まず、酒場のボックスでは果物一つ口にしない行儀のよさが、吉田の学生街のへんに気取ったけちくさいアカデミックな雰囲気に似合っており、容姿にも何かあえかなノスタルジアがあった。 そん・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・午後四時の間食には果物、時には駿河屋の夜の梅だとか、風月堂の栗饅頭だとかの注文をします。夕食は朝が遅いから自然とおくれて午後十一時頃になる。此時はオートミルやうどんのスープ煮に黄卵を混ぜたりします。うどんは一寸位に切って居りました。 食・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・洋盃へついで果物をあしらい盆にのせる。その正確な敏捷さは見ていておもしろかった。「お前達は並んでアラビア兵のようだ」「そや、バグダッドの祭のようだ」「腹が第一滅っていたんだな」 ずらっと並んだ洋酒の壜を見ながら自分は少し麦酒・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、乾物屋の乾蝦や棒鱈や湯葉を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足を留めた。ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・「二時の貨物車でひかれたのでしょう。」と人夫の一人が言った。「その時はまだ降っていたかね?」と巡査が煙草に火をつけながら問うた。「降っていましたとも。雨のあがったのは三時過ぎでした。」「どうも病人らしい。ねえ大島さん。」と巡・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・野菜や果物等のはしりや季節はずれの物も不可でそのしゅんのものが最もよいそうである。この見地からするとどうやら外米は吾々には自然でなく、栄養上からもよいとは云えないことになりそうだ。しかし、食わずに生きてはいられない。が、なるべく食いたくない・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・多く夏の釣でありますから、泡盛だとか、柳蔭などというものが喜ばれたもので、置水屋ほど大きいものではありませんが上下箱というのに茶器酒器、食器も具えられ、ちょっとした下物、そんなものも仕込まれてあるような訳です。万事がそういう調子なのですから・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「アア、酒も好い、下物も好い、お酌はお前だし、天下泰平という訳だな。アハハハハ。だがご馳走はこれっきりかナ。」「オホホ、厭ですネエ、お戯謔なすっては。今鴫焼を拵えてあげます。」と細君は主人が斜ならず機嫌のよいので自分も同じく胸が・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・「構うことあ無えやナ、岩崎でも三井でも敲き毀して酒の下物にしてくれらあ。「酔いもしない中からひどい管だねエ、バアジンへ押込んで煙草三本拾う方じゃあ無いかエ、ホホホホ。「馬鹿あ吐かせ、三銭の恨で執念をひく亡者の女房じゃあ汝だってち・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫