・・・、たとえば三吟の場合であれば、その中の一人なりまた中立の他の一人なりが試験的の監督となりリーダーとなってその人が単に各句の季題や雑の塩梅を指定するのみならず、次の秋なら秋、恋なら恋の句をだれにやらせるかまでをも指定し、その上にもちろんできた・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・「そんな、ひどい目に遭わしたのか?」 利平は、蒲団の上へ、そろそろと、起き上った。「だってさ」 女房は、すこし、不審かしそうに、利平の顔を見た。「かまやしないじゃないの、あんな恩知らずだもの」「ウム、そりゃそうだが!・・・ 徳永直 「眼」
・・・お前さんに調えてもらやアしまいし、かまッておくれでない」「さようさね。花魁をお世話申したことはありませんからね」 吉里は返辞をしないでさッさッと行く。お熊はなお附き纏ッて離れぬ。「ですがね、花魁。あんまりわがままばかりなさると、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。 みんなはしんとなってし・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ ファゼーロは泣きだしそうになってだまってきいていましたが、歌がすむとわたくしがつかまえるひまもなく壇にかけのぼってしまいました。「ぼくもうたいます。いまのふしです。」 楽隊はまたはじめました。山猫博士は、「いや、これは・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・娘にならずに逝った幼児は大きく育って世に出た時用うべき七輪を「かまど」を「まな板」をその手に取るにふさわしいほどささやかな形にしてはてしもなく長い旅路に持って行く。 五つの髪の厚い乙女が青白い体に友禅の五彩まばゆい晴衣をまとうて眠る胸に・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・革命の歴史的瞬間に全存在を引つかまれた作家たちは、自分が革命の情熱にとらわれた、そのとらわれかたについて周密な自己批判をしている暇なんかもっていなかった。グラトコフは「セメント」を書いた。ヤーコヴレフは「十月」を。イワノフは「装甲列車」を。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 夜前、神明町辺の博士の家とかに強盗が入ったのがつかまった。看守と雑役とが途切れ、途切れそのことについて話すのを、留置場じゅうが聞いている。二つの監房に二十何人かの男が詰っているがそれらはスリ、かっぱらい、無銭飲食、詐欺、ゆすりなどが主・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・「ある日の事、かますというものに入れた里芋を出しやがって餓鬼共にむしらせていやぁがるのだ。餓鬼は大勢いたのだ。むしって芽の所を出して見て、芽の闕けた奴は食う方へ入れる。芽の満足でいる奴は植える方へ入れるのだ。己が立って見ていると、江戸の・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・長州風呂でかまどは大きかったのであるが、しかしもみじの葉をつめ込んで火をつけると、大変な煙で、爆発するようにたき口へ出て来た。そのわりに火力は強くなかった。山のように積み上げたもみじの葉を根気よくたき口から突き込んで、長い時間をかけて、やっ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫