・・・と云う歌謡があった。 きらきら瓦斯燈の煌く下に 小さい娘が 哀れな声で 私の奇麗な花を買って頂戴な と 呼びながら立っている。 歌詞の細かなところは忘れた。けれども、絶間ない通交人は、誰一人この小さい花売娘に見向・・・ 宮本百合子 「小景」
空想のうちに描いている斯様ありたいと思う書斎の条件を並べます。 いつも静かで、変化の著しくない光線の入ること。窓も大きくとり、茂った常緑木の葉、落葉樹の感情ある変化を眺めうること。 湿気、火事の要心のため、洋風にし・・・ 宮本百合子 「書斎の条件」
・・・ 言語、習俗が著しく異った場合、斯様な誤謬は起り易い。而して結果としては、双方が見出すべき大なり小なりのよい発見を失って仕舞うのです。表面的の事象から先ず反撥心に支配されて、深い生活の内面、或はよりよい事実を見失うのは、どんなものに対し・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 斯様にして彼は死にやがて葬むられたのである。 彼を知って居る者は皆彼の不運を歎いたけれ共其の死に様に関して唯一人の疑いを挾む者もなかった。 勿論それまでの成り行きは決してどの様な特別な形式も取られては居なかった。 彼は・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 第一の入口は斯様にして分ったけれ共、どこから家の中に入ったかと云う事が疑問であった。 水口の所にやや暫く立ちどまって、しきりに戸を外から、押したり叩いたりして居た巡査は、急にさも満足したらしい、得意そうな声をあげて叫んだ。・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ 多分月曜か火曜であったと思うが午後から小雨がして、学校から帰って来た頃は気が重くて仕様がなかった。 それに、昨夜の予定がすっかり狂って、あんな事のために大切な一日分の仕事がずって来たと云う事も不快で、今夜は、どんなにせわしなくても・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 斯様な問題が繰返された。 一度でも、私が、その物質と交換的な養子問題を、内心或る心にすまなさを感じつつそれに傾いたのが、誤りだったのだと思わずには居られない。 自分達が相互の愛に責任を持った以上、その結果たる生活にも、責任を持・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ロザリーに何よりいやなのは、散歩の間で起る斯様なことを、誰にも云ってはいけないと姉達に命令されていることでした。何故黙っていなければならないのか、ロザリーにはいくら考えてもわかりませんでしたから。 陰気な教区内でも、四人の娘達は段々人生・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・ 或る女性が、彼女の十年来共棲して来た良人を棄てて、新たに甦った人生を送るために愛人の許に馳った。斯様な一事実に面した時、我々は、彼女が、自己の人としての運命、性格、力量を、どこまで深く沈思したか。無意識の裡に外界から暗示され、刺戟され・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・貴女も、今、そちらの静かな闇の中で、斯様な悲しみに打れて居らっしゃるのですか。何と云うことだ。辛いことだ。然もそれが避けられない――。彼の家で育った二十幾年かが、津浪のような記憶で、自分の感傷を溺らせた。 翌日、自分は心が寥しく病んだよ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫