・・・ぼくは杭を借りて来て定規をあてて播いた。種子が間隔を正しくまっすぐになった時はうれしかった。いまに芽を出せばその通り青く見えるんだ。学校の田のなかにはきっとひばりの巣が三つ四つある。実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがると・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・彼女は東京に出て、墓地を埋めて建てた家を知らずに借りて住んだ。そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた女がいきなり亭主におこりつけた。「いやな人! 何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
「お前は好い子だネエ」とあたまをなでられたあとでポカリとげんこつをもらう。「ほんとうになんて可愛い子なんだろうネエ、まあこの形のいい頭は――」ポカリ又小さくて、固くて、痛いげんこをもらう。 ままっ子が根性の悪い母親に・・・ 宮本百合子 「この頃」
・・・立派な王冠の左右へ、虫の巣のように毛もじゃもじゃな黒い穴ばかりが、ポカリと開いていた。 その様子が非常に滑稽だったので、子供達や、正直な若い者は、皆、 王様は立派でいらっしゃるが、あの耳だけはおかしいなあ、と云ったり、笑ったりし・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・木の葉 サラサラ水はチラチラ夏の日にホッカリと浮く小さい御舟御舟に乗ったはどなた様小さい 可愛い 寿江子ちゃま――。 寿江子ちゃまは我が妹の名である。・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・「あの人と私は、どうせ違ったものになってしまうんだからかまうもんか…… あの人は云いなり放だいに奥さんになって子供をポカリポカリと生んで旦那に怒られ怒られて死んでしまうんだ。それよりは私の方がまだ考え深い生活をして行かれるに違いない・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・と言って、借りて差したこともたびたびある。 光尚に阿部の討手を言いつけられて、数馬が喜んで詰所へ下がると、傍輩の一人がささやいた。「奸物にも取りえはある。おぬしに表門の采配を振らせるとは、林殿にしてはよく出来た」 数馬は耳をそば・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・他人のを借りて来たんです。もうじき、僕も貰うもんですから。」 子供らしくそう云いながら、室の入口へ案内した。そこには佐官以上の室の標札が懸っていた。油の磨きで黒黒とした光沢のある革張りのソファや椅子の中で、大尉の栖方は若若しいというより・・・ 横光利一 「微笑」
・・・それよりも、初めから落ち着いて宣伝のできるように、どこかに会場を借り聴衆を集めて演説するとする。父の情熱は純粋であり、考えも正しいが、しかし残念ながら極めて単純である。情熱、確信という点においては聴衆以上であるとしても、話すことの内容は反っ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫