・・・その絵の景色には、普通日本人の頭にある京都というものは少しも出ていなくて、例えばチベットかトルキスタンあたりのどこかにありそうな、荒涼な、陰惨な、そして乾き切った土地の高みの一角に、「屋根のある棺柩」とでも云いたいような建物がぽつぽつ並んで・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・すると俄かに下で『大丈夫です、すっかり乾きましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士と気象の方の技手とがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠せて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスが・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・爾薩待「ああ、なるほど、これはね、こいつはね、あんまり乾き過ぎたという訳でもない、また水はけの悪いためでもない。」農民二「はあ、全ぐその通りだんす。」爾薩待「そうでしょう。またあんまり厚く蒔き過ぎたというのでもない。まあ一反歩四・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ 一般の人々が、毎日の生活の中にこれほどの不合理と権力の押しつけがましさを感じ、物質と精神の渇きあがった苦しさを感じているとき、このままでは、やりきれないという、素朴な人間感情からだけでさえも、自然に変革と前進との側に立たないわけにはゆ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・白樺の細い丸木を組んだ小橋が、藪柑子の赤い溝流れの上にかかったりしていたところからそこへ入って行ったので、乾きあがって人気ない湯殿の内部は大層寂しく私たちの目にうつった。 そしたら、その湯殿が、広業寺の温泉なのだった。尼さんは、いい年な・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・成程これは渇きをとめるし、腹にいいしお菜になるし、さすが経験者の考えることです。水に入ってあせって泳ぐなということも強調されていました。そんなこともみんな伝えます。 私が行けないから小包みばかりがノロノロと道中して行くのかと思うと気がも・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ただお目付役の威厳で、目の前でその小路を引きかえさせるばかりでは、若い心の何かの渇きや遣り場のなさがそのまま高尚な希望へ変るものでないことも、実感でわかっていよう。若い心の同感と鼓舞と共々な努力として、行動隊員が活動することを衷心から期待す・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 雪解け後は乾ききったモスクワから来るとそういう風景は、水っぽく寂しく、いかにもヨーロッパ北部の感じだった。 ここにまたネ河が流れている。一九一七年の十月二十五日払暁三時半にはこの河を巡洋艦「アウロラ」がさかのぼって来て、冬宮に砲口・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・私は、もう飢えと渇きで死にそうになっていました。ヴィンダー 誰が知らせた?カラ 誰も。ただね、私が宮を出ようとすると、天の伝令が一人、影のようにすうっと饗宴の物かげに入りました。間もなく、又その影の影のように、慈悲の女神が、宮を出て・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 処が、只さえ万物を乾き、美しくなく見せる残暑の真昼の中で俥から下りると、自分は、殆ど、一種の極り悪さを感じる程、家は小さく、穢く異様に見えた。 武岳と云う医者の横と、葉茶屋の横との、三尺ばかりの曲り口も、如何にも貧弱に、裏店と云う・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫