・・・しかしそういう例外な事件の記事よりも、日常街頭や家庭に起こりつつある、一見平凡でそうして多数の人が軽々に看過していて、しかも吾人の現在の生活に対して重要な意味のあるような事実を指摘し報道して、いくらかでも人々の精神的の幸福を増し不幸を予防す・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・という簡単な理由から、その研究の結果に正当な注意の目を向けることなしに看過する傾向があるかと思われる。 人間のごとき最高等な動物でも、それが多数の群集を成している場合について統計的の調査をする際には、それらの人間の個体各個の意志の自由な・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・しかるに管下の末寺から逆徒が出たといっては、大狼狽で破門したり僧籍を剥いだり、恐れ入り奉るとは上書しても、御慈悲と一句書いたものがないとは、何という情ないことか。幸徳らの死に関しては、我々五千万人斉しくその責を負わねばならぬ。しかしもっとも・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・き面々は皆他界の人になって、廟堂にずらり頭を駢べている連中には唯一人の帝王の師たる者もなく、誰一人面を冒して進言する忠臣もなく、あたら君徳を輔佐して陛下を堯舜に致すべき千載一遇の大切なる機会を見す見す看過し、国家百年の大計からいえば眼前十二・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・無限の哀傷は恐ろしい専制時代の女子教育の感化が遺伝的に下町の無教育な女の身に伝っている事を知るがためである。無限の感謝は新時代の企てた女子教育の効果が、専制時代のそれに比して、徳育的にも智育的にも実用的にも審美的にも一つとして見るべきものの・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・わたくしをして過去の感化を一掃することの不可能たるを悟らしめたものは、学理ではなくして、風土気候の力と過去の芸術との二ツであった。この経験については既に小説『冷笑』と『父の恩』との中に細叙してあるから、ここに贅せない。 毎年冬も十二月に・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・が、過去において日本人が既にこれだけの仕事をして置いてくれたという自覚は、未来の発展に少からぬ感化を与えるに違いない。だから余は喜んで『東洋美術図譜』を読者に紹介する。このうちから東洋にのみあって、西洋の美術には見出し得べからざる特長を観得・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・ありのままの本当をありのままに書く正直という美徳があればそれが自然と芸術的になり、その芸術的の筆がまた自然善い感化を人に与えるのは前段の分解的記述によってもう御会得になった事と思います。自然主義に道義の分子があるという事はあまり人の口にしな・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ところが今日はそれほどの閑暇もなし、また考えも纏まっておりません。だから上手であるべき講義も今日に限って存外拙い訳であります。 美術学校でこういう文学的の会を設立して、諸君の専門技芸以外に、一般文学の知識と趣味を養成せられるのは大変に面・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・実際の真面目を言えば、常に能く夜を守らずして内を外にし、動もすれば人を叱倒し人を虐待するが如き悪風は男子の方にこそ多けれども、其処を大目に看過して独り女子の不徳を咎むるは、所謂儒教主義の偏頗論と言う可きのみ。一 女子は稚時より男・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫