・・・とか「歓喜に満ちて」とか、そんな漠然とした言葉を使ってもいいかもしれない。しかしいよいよ撮影を実行する前にはこれでは全く役に立たない。「貧しさ」を「映画の言葉」すなわち、これに相当する視覚的な影像に翻訳しなければならない。たとえば極貧を現わ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・回想は現実の身を夢の世界につれて行き、渡ることのできない彼岸を望む時の絶望と悔恨との淵に人の身を投込む……。回想は歓喜と愁歎との両面を持っている謎の女神であろう。 ○ 七十になる日もだんだん近くなって来た。七十・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・呪われて後蓋天蓋地の大歓喜に逢うべし。只盾を伝え受くるものにこの秘密を許すと。南国の人この不祥の具を愛せずと盾を棄てて去らんとすれば、巨人手を振って云う。われ今浄土ワルハラに帰る、幻影の盾を要せず。百年の後南方に赤衣の美人あるべし。その歌の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・それが心の内で秘密な歓喜として感ぜられる。マドレエヌは本当の田舎の女である。そして読書に飽きたオオビュルナンの目には Balzac が小説に出る女主人公のように映ずるのである。 そこへまた他の一種の感情が作用する。それはやや高尚な感情で・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 疾翔大力、微笑して、金色の円光を以て頭に被れるに、その光、遍く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、 汝等審に諸の悪業を作る。或は夜陰を以て、小禽の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 智慧のよろこびも、肉体の歓喜も奪われた日々の裡で、若さゆえに、一筋の情熱を守って自身の成長を念願してきた女性の心情こそ、明日へ伸びてゆく日本の浄き母なる力です。 私たちは正しい希望と発案とを集め、それを組織することを学びましょう。・・・ 宮本百合子 「明日を創る」
・・・、恋愛とか結婚とかの問題について話す場合、特別その上に新しいという形容詞をつけて持ち出す場合、それは多かれ少かれ、従来理解され、また経験されて来た恋愛や結婚より何かの意味で豊富な、新鮮な、我々の生きる歓喜となり得るものを求めようとする心持が・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・私はこの時鎖を断たれた囚人の歓喜を以て、共に拍手した。 畑等が先に立って、前に控所であった室の隣の広間をさして、廊下を返って往く。そこが宴会の席になっているのである。 私は遅れて附いて行く時、廊下で又鼠頭魚に出逢った。「大変ね」・・・ 森鴎外 「余興」
・・・静かな歓喜がかなり永い間続いた。そのゆえに私は幸福であった。ある日私はかわいい私の作物を抱いてトルストイとストリンドベルヒの前に立った。見よ。その鏡には何が映ったか。それが果たして自分なのか。私はたちまち暗い谷へ突き落とされた。 私は自・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・それに伴なって老夫婦は徐々に歓喜の絶頂に導かれて行くのであるが、それはまた読者にとっても歓喜の絶頂となるのである。 三島の明神とはこの苦難を味わった長者のことである。長者の妻もまた讃岐の国の一の宮として祀られている。我々はここにも苦しむ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫