・・・蕪村の句時に譬喩を用いるものありといえども、譬喩奇抜にして多少の雅致を具う。また支麦輩の夢寐にも知らざるところなり。独鈷鎌首水かけ論の蛙かな苗代の色紙に遊ぶ蛙かな心太さかしまに銀河三千尺夕顔のそれは髑髏か鉢叩蝸牛の住・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・真面目な雅致のある方の句はわかって居るが微細な点に意を注いだ句の味は少しわかりかねるようである。いわば元禄趣味はよくわかって居るが天明趣味の句はまだわからない処がある。天明趣味の句はよくわかって居るが明治趣味の句はまだわかって居らん処がある・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ みんなはわれ勝ちに岸からまっさかさまに水にとび込んで、青白いらっこのような形をして底へもぐって、その石をとろうとしました。 けれどもみんな底まで行かないに息がつまって浮かびだして来て、かわるがわるふうとそこらへ霧をふきました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・一回分の半以上迄無事に進んだが、そのうち又、心についてはなれない感動の余波で注意が、仕事から逸し勝ちになる。自分は総てこの一事によって経験した自分の心持ちを書いたら、幾分頭はしずまり、仕事につけるだろうと思いついて、此の筆を執ったのだ。・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・言わば今まで遠慮し勝ちにしてあった物が、さほど遠慮せずに書いてあるという位に過ぎない。 自然主義の小説は、際立った処を言えば、先ずこの二つの特色を以て世間に現れて来て、自分達の説く所は新思想である、現代思想である、それを説いている自分達・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・それは夢のような幻影としても、負け苦しむ幻影より喜び勝ちたい幻影の方が強力に梶を支配していた。祖国ギリシャの敗戦のとき、シラクサの城壁に迫るローマの大艦隊を、錨で釣り上げ投げつける起重機や、敵船体を焼きつける鏡の発明に夢中になったアルキメデ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 大業にし過ぎるということは若い者にあり勝ちの欠点かも知れない。重大事を重大事として扱うのに不思議はないと思うから。しかし引きしめて控え目に、ただ核実のみを絞り出す事は、嘘を書かないための必須な条件であった。製作者自身は真実を書いている・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫