・・・二人は申合せたように両方から近づいて、赤坊を間に入れて、抱寝をしながら藁の中でがつがつと震えていた。しかしやがて疲労は凡てを征服した。死のような眠りが三人を襲った。 遠慮会釈もなく迅風は山と野とをこめて吹きすさんだ。漆のような闇が大河の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・瀬古 そうがつがつするなよ。待て待て。今僕が公平な分配をしてやるから。これで公平だろう。沢本 四つに分けてどうするんだ。瀬古 最後の一片はもちろん僕たちの守護女神ともちゃんに献げるのさ。僕はなんという幻滅の悲哀を味わわねば・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・(門火なんのと、呑気なもので、(酒だと燗だが、こいつは死人焼……がつがつ私が食べるうちに、若い女が、一人、炉端で、うむと胸も裾もあけはだけで起上りました。あなた、その時、火の誘った夜風で、白い小さな人形がむくりと立ったじゃありませんか。ぽん・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ とか言って、腹が空いているんですから、五つ紋も、仙台平も、手づかみの、がつがつ喰。…… で、それ以来――事件の起りました、とりわけ暑い日になりますまで、ほとんど誰も腹に堪るものは食わなかったのです。――……つもっても知れましょうが、講・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 何分にも、十六七の食盛りが、毎日々々、三度の食事にがつがつしていた処へ、朝飯前とたとえにも言うのが、突落されるように嶮しい石段を下りたドン底の空腹さ。……天麩羅とも、蕎麦とも、焼芋とも、芬と塩煎餅の香しさがコンガリと鼻を突いて、袋を持・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・それをがつがつと齧ると、ほんとうに胸が清々した。ほっとしたが、同時に夜が心配になりだした。夜になれば、また雨戸が閉って、あの重く濁った空気を一晩中吸わねばならぬのかと思うと、痩せた胸のあたりがなんとなく心細い。たまらなかった。 夜雨戸を・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 君なんかは主義で馬鈴薯を喰ったのだ、嗜きで喰ったのじゃアない、だから牛肉に餓えたのだ、僕なんかは嗜きで牛肉を喰うのだ、だから最初から、餓えぬ代り今だってがつがつしない、……」「一向要領を得ない!」と上村が叫けんだ。近藤は直に何ごとをか・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ちいさくなって蹲踞んで居るのは躑躅だが、でもがつがつ震えるような様子はすこしも見えない。あの椿の樹を御覧と「冬」が私に言った。日を受けて光る冬の緑葉には言うに言われぬかがやきがあって、密集した葉と葉の間からは大きな蕾が顔を出して居た。何かの・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・犬はさっと後足で立ち上って、それをも上手にうけとり、がつがつと二どばかりかんでのみこみました。「へえ、こいつはまるでかるわざ師だ。どうだい、牛一ぴきのこらずくうまでかるわざをやるつもりかい? ほら、来た。よ、もう一つ。ほうら。よ、ほら。・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・宅へ来た当座は下性が悪くて、食い意地がきたなくて、むやみにがつがつしていたので、女性の家族の間では特に評判がよくなかった。それで自然にごちそうのいい部分は三毛のほうに与えられて、残りの質の悪い分け前がいつでも玉に割り当てられるようになってい・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫