・・・階段も廊下もがらんとして寒かった。初め這入ったとは別の改札口へ出て、そこでN君が何かしら交渉を始めていた。外から改札口を色々な人が這入って来る。若いオールバックの男が這入ろうとすると、役人が二、三人寄って行って、その男の洋服のかくしを一つ一・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・しかし二度目の最大動が来たときは一人残らず出てしまって場内はがらんとしてしまった。油画の額はゆがんだり、落ちたりしたのもあったが大抵はちゃんとして懸かっているようであった。これで見ても、そうこの建物の震動は激烈なものでなかったことがわかる。・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ほかの名高い伽藍にくらべて別に立派なとも思いませんが両側に相対してそびえた鐘楼がちょっと変わった感じを与えます。入り口をはいるとここに限らず一時まっ暗になる。足もとから不意に鋭い声でプール・レ・ポーヴルと呼びかける。まっ白い大きな頭巾を着た・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・子供の給仕人が日本の切手をくれとねだった。伽藍を見物に行く。案内のじいさんを三リラで雇ったが、早口のドイツ語はよく聞き取れなかった。夏至の日に天井の穴から日が差し込むという事だけはよくわかった。ステインドグラスの説明には年号や使徒の名などが・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・人が一ぱいいながら如何にもがらんとした広い旅館。見も知らぬ気味悪い部屋、怪気な寝床の淋しさが続いて来る。私には何がさて置き自分の寝床ほど大切なものはない。寝床は人生の神聖なる殿堂である。人は生活を赤裸々にして羽毛蒲団の暖さと敷布の真白きが中・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 已に半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山の大伽藍を灰燼となしてしまった。それ以来新しくこの都に建設せられた新しい文明は、汽車と電車と製造揚を造った代り、建築と称する大なる国民的芸術を全く滅してしまった。そして一刻一刻、時間の進むごと・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・彼は田舎に閑居して都の中央にある大伽藍を遥かに眺めたつもりであった。余は三度び首を出した。そして彼のいわゆる「倫敦の方」へと視線を延ばした。しかしウェストミンスターも見えぬ、セント・ポールズも見えぬ。数万の家、数十万の人、数百万の物音は余と・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・座敷へ通って、室内を見渡して、何だか伽藍のようだねと云った。暇乞のためだから別段の話しも出なかったが、ただ門弟としての物集の御嬢さんと今一人北国の人の事を繰り返して頼んで行った。 一日越えて、余が答礼に行った時は、不在で逢えなかった。見・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸けたいくらいに思っています。現に今日も一軒断わりました。向後日本の文壇はどう変化するかなどという大問題はなかなか分りにくい・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
出典:青空文庫