・・・ 颯っと短いマントに短剣を吊って、素早く胡瓜売りの手車の出ている角を曲ったのは、舞踊で世界的名声のあるカザークの若者だ。 ホテルの食堂で、英語、ドイツ語がロシア語と混って響くばかりでない。喉音の多い東洋語が活々とあっちこっちで交わさ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・我々は共通な興味を感じた。彼女は翻訳する気になった。最初の部分は、小石川の動力の響が近隣の小工場から響いて来る二階で。中頃の部分は、鎌倉の明月谷の夏。我々は胡瓜と豆腐ばかり食べて、夜になると仕事を始めた。彼女はそっちの部屋でチェホフを。私は・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・企業合同の今日の性格の歴史的な入りくみかたを考えても、私たちの心をさわがせる胡瓜一本一本に、やはり同じような幾重もの時代の性格が絡んでいるのである。 女性の経済についての知識が、一尾の魚を幾とおりに料理出来るか、という範囲よりも、広めら・・・ 宮本百合子 「主婦意識の転換」
・・・ 野菜では、胡瓜とかサラダとか、見た眼に新鮮な感じのするものを好みます。殊に五月時分、はしりの胡瓜をなまのまま輪切りにして塩をつけてたべるのは、毎年その季節の楽しみの一つです。 嫌いなものといえば、何よりも先ず納豆です。北国の人は一・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・ウラジーミル大公の食堂に今日一皿二十カペイキのサラダがトマトと胡瓜の色鮮やかに並び、シベリアの奥で苔の採集を仕事としている背中の丸い白い髯の小学者が妻と木彫のテーブルについているのを眺めることは絶対に不愉快でありえない、しかし、ゴーリキー自・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
商売というものの性質がすっかり変って来て、それは時代の動きによるものだということをはっきり知ってほしいと思います。やっと胡瓜の真盛りになるともう出ないというような儲のとらえかたも、わかりはするが閉口です。暮しにくいのは万人・・・ 宮本百合子 「近頃の商売」
去年の今頃はもう鎌倉に行っていた。鎌倉と云っても、大船と鎌倉駅との間、円覚寺の奥の方であった。不便極るところで、魚屋もろくに来ず、食べ物と云えば豆腐と胡瓜。家の風呂はポンプがこわれて駄目だから、夕方になると、円覚寺前の小料・・・ 宮本百合子 「夏」
・・・を持ち、他方に仮名垣魯文の「胡瓜遣」を持っていたということは、今日の文学の事情にまで連綿として実によく明治というものの複雑な歴史的本質を語っていると思う。 ヨーロッパの文明開化は、人間の合理性や社会性の自覚、人格、個性、自我の自覚の刺戟・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ 家から火事が出かかった時、火の子のように活動してそれを消しとめたのはこの祖母さんであった。胡瓜の漬けかた、クワスの作りかた、赤坊のとりあげかたを誰にでも親切に教えてやるのも、この祖母さんなのであった。 祖父の家には、荷馬車屋、韃靼・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ やがてそろそろ朝日に暑気が加って肌に感じられる時刻になると、白いルバーシカ、白い丸帽子やハンティングが現れ、若い娘たちの派手な色のスカートも翻って、胡瓜の青さ、トマトの赤さ、西瓜のゆたかな山が到るところで目について来る。 ロシヤの・・・ 宮本百合子 「モスクワ」
出典:青空文庫