・・・ 乞食のじいさんは、二人が、へんにしおしおしているのを見て、どうしたわけかと聞きました。二人は、生れた子どもの名附親になってくれる人がないから困っているところだと話しました。じいさんはそれを聞いて、「では私がなって上げましょう。私だ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ おばあさんはそれを聞きましたが、その日はこの世も天国ほどに美しくって、これ以上のものをほしいとも思いませんでしたから、礼を言って断わってしまいました。 で鳩は今度は牧場を飛び越して、ある百姓がしきりと井戸を掘っている山の中の森に来・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・娘は、男のその決意を聞き、「うれしい。」と呟いて、うつむいた。うれしそうであった。「僕の意志の強さを信じて呉れるね?」男の声も真剣であった。娘はだまって、こっくり首肯いた。信じた様子であった。 男の意志は強くなかった。その翌々日、すでに・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・君の手紙を見て、自分は君の本質的な危機を見ました。冗談言って笑ってごまかしている時ではありません。君は或いは君の仕事にやや満足しているのではあるまいか。やるべきところ迄は、やり果した。これ以上のものは、もはや書けまい、まず、これでよし等と考・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・と、ごめん蒙って素裸になり、石鹸ぬたくって夕立ちにこの身を洗わせたくてたまらぬ思いにこがれつつ、会社への忠義のため、炎天の下の一匹の蟻、わが足は蠅取飴の地獄に落ちたが如くに、――いや、またしても除名の危機、おゆるし下さい、つまり、友人、中村・・・ 太宰治 「喝采」
・・・杉田老画伯は心利きたる人なれば、やがて屋台店より一本の小さき箒を借り来り、尚も間断なく散り乱れ積る花びらを、この辺ですか、この辺ですか、と言いつつさっさっと左右に掃きわけ、突如、あ! ありましたあ! と歓喜の声を上げ申候。たったいま己の頬を・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・必ずそれは行き詰まる。必ず危機が到来する。王子と、ラプンツェルの場合も、たしかに、その懐姙、出産を要因として、二人の間の愛情が齟齬を来した。たしかに、それは神の試みであったのである。けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあわれみ給うとこ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・チルナウエルもその新聞の山の蔭に座を占めていて、隣の卓でする話を、一言も聞き漏さないように、気を附けている。中には内で十分腹案をして置いて、この席で「洒落」の広めをする人がある。それをも聞き漏さない。そんな時心から笑う。それで定連に可哀がら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 学校の校長が、私が話を聞きに行ったのを探偵にでも来たのかと思って、非常に恐れていたのも滑稽であった。 それから私は一度小林君の親たちの住んでいる家を訪ねた。やはり、小林君のことを小説にするとは言えないので、書画の話を聞くふりして出・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・というのがどういう意味のえらいのであるかが聞きたいのであったが、遺憾ながらラッセルの使った原語を聞き洩らした。 なるほど二人ともに革命家である。ただレニンの仕事はどこまでが成効であるか失敗であるか、おそらくはこれは誰にもよく分らないだろ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫