・・・ 同志諸君の貴重なる生命が、腐敗した罐詰の内部に、死を待つために故意に幽閉されてあるという事実に対して、山田常夫君と、波田きし子女史とは所長に只今交渉中である。また一方吾人は、社会的にも世論を喚起する積りである。同志諸君、諸君も内部において・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 一国文明のために学問の貴重なること、すでに明らかなれば、その学問社会の人を尊敬してこれに位階勲章をあたうるは、まことに尋常の法にして、さらに天下の耳目を驚かすほどの事に非ず。すなわち学問社会上流の人物は、政事社会上流の人物と、正しく同・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・家内安全を保護する道徳の教えも、貴重は則ち貴重なれども、更に貴重なる公務には叶わぬものなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会の一人となり、戸外公共の事務を取扱うの身分となれば、生来の習慣忽ち活動し、公は以て・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・金玉もただならざる貴重の身にして自らこれを汚し、一点の汚穢は終身の弱点となり、もはや諸々の私徳に注意するの穎敏を失い、あたかも精神の痲痺を催してまた私権を衛るの気力もなく、漫然世と推移りて、道理上よりいえば人事の末とも名づくべき政事政談に熱・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・物を書く卓の上には、貴重な文房具が置いてある。主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会の一員であると云うことは、この周囲を見て察せられる。あるいは精神的富豪社会と云った方が当たっているかも知れない。それはどんな社会だと云うと、国家枢要・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ このような例は過去の文化上の貴重な遺産の整理ということについて、決して笑話に終らない本質をもっていると思える。 ドイツでは、大層盛大なワグナア祭典が行われていたり、ゲーテやシラーについて政府としての評価が語られたりしているようだ。・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・ 皆さまも御覧でしょうが三月二十五日の婦人民主新聞の論壇に「新帰朝者の言葉」という文章がありました。筆者の矢田喜美子という方は、どなたか存じませんけれども、この記事は、何となく私の心にのこりました。ヨーロッパから最近帰って来たある日本人・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・どどっさりあるのに、こんな小さい自分の人生であっても、やっぱりほかの誰にもかかれていず、自分しか書けないことがあるのだ、という発見こそ、その人を謙遜な勇気にふるいたたせ、人生の豊富さと人間社会の歴史の貴重さに感動させる。歴史が前進しないもの・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・それは、わたしたちの貴重な、そして誰にとってもかけがえのない一生を気分や現象で、はぐらかされ、かどわかされてしまわないようにという決心である。歴史の進みゆく本質と自分の生活とをまじめに、がんこに見くらべて生きてゆく、ほこりたかい人間としての・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・マーク・トゥウエンの諷刺は、その基調に何と云っても辛酸をなめつくした後に、新興のアメリカ社会で世俗の生活で安定をかち得たその作者らしい妥協、気やすめがある。ゴーゴリの作品にはそれがない。悲哀の底が抜けている。作者としてのゴーゴリは、わが心の・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
出典:青空文庫