・・・喜憂栄辱は常に心事に従て変化するものにして、その大に変ずるに至ては、昨日の栄として喜びしものも、今日は辱としてこれを憂ることあり。学校の教は人の心事を高尚遠大にして事物の比較をなし、事変の原因と結果とを求めしむるものなれば、一聞一見も人の心・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・柳橋の三浦屋サ先日高尾が無理心中をしたその跡釜へ今日小紫を抱えたのサもっとも小紫は吉原の大文字に居たのだが昨日自由廃業したと、チャント今朝の『二六』に出て居るじゃないか、とまじめにいうと、アラいやだよ人を馬鹿にしてる、あなたはきっといい処が・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」「家じゃない山だ」「昨日はなかったぞ」「兵隊さんにきいてみよう」「よし」 二疋の蟻は走ります。「兵隊さん、あすこにあるのなに?」「なんだうるさい、帰れ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ 未だお昼前だのに来る人の有ろう筈もなしと思うと昨日大森の家へ行って仕舞ったK子が居て呉れたらと云う気持が一杯になる。 いつ呼んでも来て呉れる心安い、明けっぱなしで居られる友達の有難味を、離れるとしみじみと感じる。 彼の人が来れ・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・二十世紀に入ってから世界の文学は、絶えず自身を新しく生れかわらそうとして七転八倒しつづけて来たが、その意味では第一次大戦後におこったシュール・リアリズムさえも、古い資本主義社会の機能のもとで苦しむ小市民の魂の反抗の影絵でしかなかった。社会主・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・ 解毒剤 あらゆる面で、生活の正常な機能を破壊された七千万の日本人民が、今日当面している困難と辛苦とは、実に大きい。 複雑な重病にかかったとき私たちはどういう医者を求めるだろう。決して、おさすり町医は求めな・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・人として、偉大な人生の些やかな然し大切な一節を成す自分の運命として、四囲の関係の裡に在る我を通観する事に馴れない彼女は、自分の苦しむ苦、自分の笑う歓喜を、自分の胸一つの裡に帰納する事は出来ても、苦しむ自分、笑う自分を、自分でより普遍的な人類・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・愛を表現する精神の働きばかりでなく、それと全く等しく愛を表現し、生命の調和をつかさどる肉体の機能も、そのまままざりものなしに卑屈なはずかしがりなどない見かたと、扱いかたがされるべきである、と。 この主張によって、ローレンスは、こんにちの・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・同時に、写真のまともな機能も、ずいぶん拡大された。社会のあらゆる場面の報告者。人生の各断面の語りて。写真がますます生活についたものとして扱われて来ていることは面白い。 宮本百合子 「きょうの写真」
・・・婦人の政治参加の問題どころか、戦争に熱中した政府は戦争に対する人民の批判や疑問を封鎖するために、近衛首相を主唱者として、政党を解消させ、翼賛政治会というものにして、議会そのものの機能を奪った。婦人運動の各名流たちは、「精神総動員」に参加して・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
出典:青空文庫