・・・斜めに日光にすかして見ると、雲母の小片が銀色の鱗のようにきらきら光っていた。 だんだん見て行くうちにこの沢山な物のかけらの歴史がかなりに面白いもののように思われて来た。何の関係もない色々の工場で製造された種々の物品がさまざまの道を通って・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・わたくしが電報配達人の行衛を見送るかなたに、初て荒川放水路の堤防らしい土手を望んだ時には、その辺の養魚池に臨んだ番小屋のような小家の窓には灯影がさして、池の面は黄昏れる空の光を受けて、きらきらと眩く輝き、枯蘆と霜枯れの草は、かえって明くなっ・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・と女の顔には忽ち紅落ちて、冠の星はきらきらと震う。男も何事か心躁ぐ様にて、ゆうべ見しという夢を、女に物語らする。「薔薇咲く日なり。白き薔薇と、赤き薔薇と、黄なる薔薇の間に臥したるは君とわれのみ。楽しき日は落ちて、楽しき夕幕の薄明りの、尽・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・そして左の手を背後へ引いて、右の手を隠しから出した。きらきらと光る小刀を持っていたのである。裸刃で。「手を引っ込めぬと、命が無いぞ。そこで今云ったとおり、おれが盗んでいるのだ。おぬし手なんぞを出して、どうしようと云うのだ。馬鹿奴。取って売る・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・日の光いたらぬ山の洞のうちに火ともし入てかね掘出す赤裸の男子むれゐて鉱のまろがり砕く鎚うち揮てさひづるや碓たててきらきらとひかる塊つきて粉にする筧かけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる黒けぶり群りたたせ手もす・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・次々うつるひるのたくさんの青い山々の姿や、きらきら光るもやの奥を誰かが高く歌を歌いながら通ったと思ったら富沢はまた弱く呼びさまされた。おもての扉を誰か酔ったものが歌いながら烈しく叩いていて主人が「返事するな、返事するな。」と低く娘に云ってい・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ きらきら瓦斯燈の煌く下に 小さい娘が 哀れな声で 私の奇麗な花を買って頂戴な と 呼びながら立っている。 歌詞の細かなところは忘れた。けれども、絶間ない通交人は、誰一人この小さい花売娘に見向きもしないで通りすぎ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・南国の空は紺青いろに晴れていて、蜜柑の茂みを洩れる日が、きらきらした斑紋を、花壇の周囲の砂の上に印している。厩には馬の手入をする金櫛の音がしている。折々馬が足を踏み更えるので、蹄鉄が厩の敷板に触れてことことという。そうすると別当が「こら」と・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ ナポレオンは答の代りに、いきなりネーのバンドの留金がチョッキの下から、きらきらと夕映に輝く程強く彼の肩を揺すって笑い出した。 ネーにはナポレオンのこの奇怪な哄笑の心理がわからなかった。ただ彼に揺すられながら、恐るべき占から逃がれた・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・やがて自由に華やかに、にっと笑って、白い歯がきらきらと光る。話を初めると美しいことばが美しい動作に伴なわれて、急調に、次から次へと飛び出して来る。 舞台に上る三時間は彼女の生活の幕間なのである。彼女は生活の全力を集めて舞台に尽くしている・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫