・・・ この男の姿のこの田畝道にあらわれ出したのは、今からふた月ほど前、近郊の地が開けて、新しい家作がかなたの森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これが顔の線と巧みに均衡を保ってそのためにかえって複雑な音楽的の美しさを高調している。懐月堂のふくれた顔の線は彼の人物の体躯全体としての線や、衣服のふくらみの曲線となって至るところに分布されて豊かな美しさを見せている。 次に重要なものは・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・手でも足でも思い切り自由に伸ばしたり縮めたりしてはね回っているけれども、その運動の均衡が実に安定であって、非常によくバランスのとれた何かの複雑なエンジンの運転を見ているような不思議な快感がある。 二人の呼吸が実によく合っている。そこから・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・ 内分泌の病的異常が情緒の動きに異常な影響を及ぼす一方で、外的な精神的の刺激が内分泌の均衡に異常を生じうることも知られているようである。映画の場合でも、官能の窓から入り込む生理的刺激が一度心理的に翻訳された後にさらにそれが生理的に反応す・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ 話は変るが、一九一〇年頃ベルリン近郊の有名な某電機会社を見学に行ったときに同社の専売の電信印字機を見せてもらった。発信機の方はピアノの鍵盤のようなものにアルファベットが書いてあって、それで通信文をたたいて行くと受信機の方ではタイプライ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・自然界ではこのように、利己がすなわち利他であるようにうまく仕組まれた天の配剤、自然の均衡といったようなものの例が非常に多いようである。よく考えてみると人間の場合でも、各自が完全に自己を保存するように努力さえしていれば結局はすべての他のものの・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・近頃の東京近郊の面目を一新させた因子のうちで最も有効なものと云えば、コンクリートの鋪装道路であろうと思われる。道路に土が顔を出している処には近代都市は存在しないということになるらしい。 荒川放水路の水量を調節する近代科学的閘門の上を通っ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・そしてこの上もない恥曝しな所行であったが、それだけ私の頭が均衡を失っていたという証拠にはなる。 警官の話によるとこの頃電車では鋏穴の検査を特に厳重にしているらしいという事である。そして車掌の方では鋏穴ばかりを注目するのだから止むを得ない・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・小区域の驟雨が某市街を通過するか、その近郊のみを過ぐるかはその市民にとりては無差別にはあらず。しかれどもかくのごとき小規模の現象の予報をなし得るためには、少なくも測候所の数を現在の数百倍数千倍に増加せざるべからず。 現在の天気予報はかく・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・古びたモザイックや壁画はどうしても今の世のものではなかった。金光燦爛たる祭壇の蝋燭の灯も数世紀前の光であった。壁に沿うて交番小屋のようなものがいくつかあった、その中に隠れた僧侶が、格子越しに訴える信者の懺悔を聞いていた。それはおもに若い女で・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫