・・・ 式場の中はぎっしりでした。それに人数もよく調べてあったと見えて、空いた椅子とてもあんまりなく、勿論腰かけないで立っている人などは一人もありませんでした。みんなで五百人はあったでしょう。その中には婦人たちも三分の一はあったでしょう。いろ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・さまざまの形、とうがらしや、臼や、鋏や、赤や白や、実にさまざまの学生のばけものがぎっしりです。向うには大きな崖のくらいある黒板がつるしてあって、せの高さ百尺あまりのさっきの先生のばけものが、講義をやって居りました。「それでその、もしも塩・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ それから谷の深い処には細かなうすぐろい灌木がぎっしり生えて光を通すことさえも慳貪そうに見えました。 それでも諒安は次から次とそのひどい刻みをひとりわたって行きました。 何べんも何べんも霧がふっと明るくなりまたうすくらくなりまし・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・パリの騒然とした街の様子が彼独特の詳細な筆致でかかれているあとに、市役所のアーク燈に照らされた大階段にぎっしりとつめかけて国民兵の募集に応じようとしている市民の群が描写されている。これらの顔色のわるい人々、折から雨に外套もなくぬれながらなお・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・石ころ道の片側にはぎっしり曖昧な食物店などが引歪んだ屋体を並べている。前は河につづく一面の沼だ。黒い不潔極まる水面から黒い四角な箱みたいな工場が浮島のように見える。枯木が一本どうしたわけかその工場の横に突立っている。往来近いところは長い乱れ・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
三等の切符を買って、平土間の最前列に座った。一番終りの日で、彼等の後は棧敷の隅までぎっしりの人であった。一間と離れぬところに、舞台が高く見えた。 やがて囃が始り、短い序詞がすむと、地方から一声高く「都おどりは」と云った・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・私たちの此頃は、重大な問題でぎっしりです。私たちは、自分たちの生活を一歩一歩と幸福に近づけるために、知らなければならないこと、知りたいことで一杯です。真面目に働いて生活の向上を願う私たち婦人のために、わかりやすく、しかも偽りなく働く婦人の立・・・ 宮本百合子 「再刊の言葉」
・・・彼処に、あの煉瓦の建物の中に、彼那にぎっしり、いろいろの絵と文字で埋まった書籍がつまっているのだ。それを知っている丈でも、豊かなよい心持でないか。 幸福な、而も田舎の子供のようにしかつめらしい顔をした私は、次に工事を終ったばかりの京橋を・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 目に余る贅沢 金銀の使用がとめられている時代なのにデパートの特別売場の飾窓には、金糸や銀糸をぎっしり織込んだ反物が出ていて、その最新流行品は高価だが、或る種の女のひとはその金めだろうけれどいかつい新品を身につ・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 三間打ち抜いて、ぎっしり客を詰め込んだ宴会も、存外静かに済んで、農商務大臣、大学総長、理科大学長なんぞが席を起たれた跡は、方々に群をなして女中達とふざけていた人々も、一人帰り二人帰って、いつの間にか広間がひっそりして来た。 もう十・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫