・・・「その時蜑崎照文は懐ろより用意の沙金を五包みとり出しつ。先ず三包みを扇にのせたるそがままに、……三犬士、この金は三十両をひと包みとせり。もっとも些少の東西なれども、こたびの路用を資くるのみ。わが私の餞別ならず、里見殿の賜ものなるに、辞わで納・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・をして、本の包みを枕もとにおいて、帽子のぴかぴか光る庇をつまんで寝たことだけはちゃんと覚えているのですが、それがどこへか見えなくなったのです。 眼をさましたら本の包はちゃんと枕もとにありましたけれども、帽子はありませんでした。僕は驚いて・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ その麓まで見通しの、小橋の彼方は、一面の蘆で、出揃って早や乱れかかった穂が、霧のように群立って、藁屋を包み森を蔽うて、何物にも目を遮らせず、山々の茅薄と一連に靡いて、風はないが、さやさやと何処かで秋の暮を囁き合う。 その蘆の根を、・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 笛は、胡桃を割る駒鳥の声のごとく、山野に響く。 汽車は猶予わず出た。 一人発奮をくって、のめりかかったので、雪頽を打ったが、それも、赤ら顔の手も交って、三四人大革鞄に取かかった。「これは貴方のですか。」 で、その答も待・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ と、妙な返事をする。「南無、南無、何かね、お前様、このお墓に所縁の方でがんすかなす。」 胡桃の根附を、紺小倉のくたびれた帯へ挟んで、踞んで掌を合せたので、旅客も引入れられたように、夏帽を取って立直った。「所縁にも、無縁にも・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・瓢箪に宿る山雀、胡桃にふける友鳥……「いまはじめて相分った。――些少じゃが餌の料を取らせよう。」 小春の麗な話がある。 御前のお目にとまった、謡のままの山雀は、瓢箪を宿とする。こちとらの雀は、棟割長屋で、樋竹の相借家だ。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・と、いや、それどころか、瓜の奈良漬。「山家ですわね。」と胡桃の砂糖煮。台十能に火を持って来たのを、ここの火鉢と、もう一つ。……段の上り口の傍に、水屋のような三畳があって、瓶掛、茶道具の類が置いてある。そこの火鉢とへ、取分けた。それから隣座敷・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・うぐいと蓴菜の酢味噌。胡桃と、飴煮の鮴の鉢、鮴とせん牛蒡の椀なんど、膳を前にした光景が目前にある。……「これだけは、密と取りのけて、お客様には、お目に掛けませんのに、どうして交っていたのでございましょうね。」――「いや、どうもそ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐へ入れ足を展して休む。青ぎった空に翠の松林、百舌もどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ。天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているの・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 一方は、燃ゆるがごとき新情想を多能多才の器に包み、一生の寂しみをうち籠めた恋をさえ言い現わし得ないで終ってしまった。その生涯はいかにも高尚である、典雅である、純潔である。僕が家庭の面倒や、女の関係や、またそういうことに附随して来るさま・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫