・・・ウイリイは、めずらしい羽根だからひろっていこうと思って、馬から下りようとしました。すると馬が止めて、「いけません/\。ほうっておおきなさい。それをおひろいになると大へんなことがおこります。」と言いました。ウイリイはそのまま通り過ぎました・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ わかいおかあさんはこの大事な重荷のために息を切って、森の中は暑いものだから、汗の玉が顔から流れ下りました。「のどがかわきました、ママ」 とおさないむすめは泣きつくのでした。「いい子だからこらえられるだけこらえてごらんなさい・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・いや美しくはないけれど、でも、ひとりで生き抜こうとしている若い女性は、あんな下らない芸術家に恋々とぶら下り、私に半狂乱の決闘状など突きつける女よりは、きっと美しいに相違ない。そうだ、それは瞳の問題だ。いやもう、これはなかなか大変な奢りの気持・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・おれはそれを提げて、来合せた電車に乗って、二分間ほどすると下りた。「旦那。お忘れ物が。」車掌があとからこう云った。 おれは聞えない振りをして、ずんずん歩いた。そうすると大騒ぎになった。電車に乗っていた連中が総立ちになる。二人はおれを・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 沓掛駅の野天のプラットフォームに下りたった時の心持は、一駅前の軽井沢とは全く別である。物々しさの代りに心安さがある。 星野温泉行のバスが、千ヶ滝道から右に切れると、どこともなくぷんと強い松の匂いがする。小松のみどりが強烈な日光に照・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・手の長い猿共が山から山へ、森から森へ遊びあるいて、ある豁川にくると、何十匹の猿が手をつないで樹の枝からブラ下り、だんだん大きく揺れながら、むこうの崖にとびついて、それから他の猿どもを順々に渡してやるという話である。林はそれをもう本もみないで・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・崖を下りて生茂った熊笹の間を捜したが、早くも出勤の刻限になった。「田崎、貴様、よく捜して置いて呉れ。」「はあ、承知しました。」 玄関に平伏した田崎は、父の車が砂利を轢って表門を出るや否や、小倉袴の股立高く取って、天秤棒を手に庭へ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く」と吟じながら女一度に数弁を攫んで香炉の裏になげ込む。「蛸懸不揺、篆煙遶竹梁」と誦して髯ある男も、見ているままで払わんともせぬ。蜘蛛も動かぬ。ただ風吹く毎に少しくゆれるのみである。「夢の話しを蜘蛛もきき・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ 蛞蝓は一足下りながら、そう云った。「一体何だってんだ、お前たちは。第一何が何だかさっぱり話が分らねえじゃねえか、人に話をもちかける時にゃ、相手が返事の出来るような物の言い方をするもんだ。喧嘩なら喧嘩、泥坊なら泥坊とな」「そりゃ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 平田を先に一同梯子を下りた。吉里は一番後れて、階段を踏むのも危険いほど力なさそうに見えた。「吉里さん、吉里さん」と、小万が呼び立てた時は、平田も西宮ももう土間に下りていた。吉里は足が縮んだようで、上り框までは行かれなかッた。「・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫