・・・僕は後から声をかけた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢い気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。 北風は長い坂の上から時々まっ直に吹き下ろして来た。墓地の樹木もその度にさ・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・それが仁右衛門の血にぐんぐんと力を送ってよこした。 凡てが順当に行った。播いた種は伸をするようにずんずん生い育った。仁右衛門はあたり近所の小作人に対して二言目には喧嘩面を見せたが六尺ゆたかの彼れに楯つくものは一人もなかった。佐藤なんぞは・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その年が暮れに迫った頃お前達の母上は仮初の風邪からぐんぐん悪い方へ向いて行った。そしてお前たちの中の一人も突然原因の解らない高熱に侵された。その病気の事を私は母上に知らせるのに忍びなかった。病児は病児で私を暫くも手放そうとはしなかった。お前・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 圃に植えた年郎くんのいちじゅくは、日当たりがよくまた風もよく通ったから、ぐんぐんと伸びてゆきました。翌年には、もう枝ができて、大きな葉が、地の上に黒い蔭をつくりました。すると、小鳥がきて止まりました。また頭の上を高く、白い雲が悠々と見・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・そのうちに、三人を乗せた氷は、灰色にかすんだ沖の方へ、ぐんぐんと流されていってしまいました。みんなは、ぼんやりと沖の方を向いているばかりで、どうすることもできません。そのうちに、三人の姿は、ついに見えなくなってしまいました。 あとで、み・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・たまは ぐんぐん のびて、はらっぱの くさむらの 中に おちたのです。「正ちゃん、えらいなあ。」 東校は、ついに 一てん かちこして、西校を やぶりました。「えらいね、正ちゃん。」と、とめ子さんが よろこんで くれました。・・・ 小川未明 「はつゆめ」
・・・口から吐き出す火だ。ぐんぐん伸びて来る。首が舌が火が……。背なかを舐めに来る。ろくろ首だ。佐伯は思わずヒーヒーと乾いた泣き声を出し、やっとその池の傍の小径を通り抜けると、原っぱのなかを駈けだす。急に立ち停る。ひどい息切れが来たのだ。胸の臓器・・・ 織田作之助 「道」
・・・或一人は、当夜、火の手がせまって息ぐるしくてたまらないので、人のからだの下へぐんぐん顔をつッこんでうつ伏しになっていたが、しまいには、のどがかわいて目がくらみそうになる、そのうちに、たまたま、水見たいなものが手にさわったので、それへ口をつけ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・犬はきゃんきゃんなきなきていこうしましたが、くびに綱を引っかけられて、ぐんぐん引っぱられるのですからかないません。馬車使は、すばやく鉄ごうしの戸をあけました。犬はたちまちその中へなげ入れられ、綱をとかれてとじこめられてしまいました。「あ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・それでも、外套の肩を張りぐんぐんと大股つかって銀杏の並木にはさまれたひろい砂利道を歩きながら、空腹のためだ、と答えたのである。二十九番教室の地下に、大食堂がある。われは、そこへと歩をすすめた。 空腹の大学生たちは、地下室の大食堂からあふ・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫