・・・ 新聞の記事は、まるで警官がもって歩く戸口調査簿のように、全都民の指紋は一般台帳にのせるのがあたりまえのようにかいている。指紋をとることが、都民の権利の主張であるとして語られている。しかし、指紋をとる、ということは、あたりまえの生活にあ・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・ 陽気な、疲れることなどをまるで知らないニムフの踊りの輪から、ようようぬけた彼は、涼しさを求めて、ズーッと橄欖の茂り合った丘を下り、野を越えて、一つの谿間に入りました。そこはほんとに涼しくて、静かでした。岩や石の間には、夢のような苔や蘭・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 日夜地球はめぐりつつあり、こうして、或るところでは重く汁気の多い果実が深い草の上に腐れ墜ち、或るところでは実らぬ実を風にもがれているけれども、豊富な人類の営みは景観の複雑さを、其の面にだけとどめてはいない。ワンダ・ワシリェフスカヤの「・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・家禽は両脚を縛られたまま、赤い鶏冠をかしげて目をぎョろぎョろさしている。 彼らは感じのなさそうな顔のぼんやりしたふうで、買い手の値ぶみを聞いて、売り価を維持している。あるいはまた急に踏まれた安価にまけて、買い手を呼び止める、買い手はそろ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・そういう樹々が無数に集まって景観を形成するとすれば、景観全体がすっかり違った感じになるのは当然であろう。 私は東山の麓に住んでいた関係もあって京都の樹木の美しさを満喫することができた。 新緑のころの京都は、実際あわただしい気分に・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫