・・・無限の世界の上にただ ひとひら軽く ふわりと とどまって居るお前耳を澄せば 万物の声が聴える眼をきよめれば 宇宙があらわれる畏ろしい 而も 謙譲なお前紙と呼ばれてねんごろに 日を照り返すのだ。 ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・其等の欠点に対しての自分は、真個に何処までも謙譲ではありますけれども、此頃になって、あの作は私の一生の生活を通してかなり大切なものになって来ました。そして、その大切なものとなった原因は、自分にとってあの作を、彼程満足出来ないものとした全く同・・・ 宮本百合子 「沁々した愛情と感謝と」
・・・インドの小娘スンダーリが親たちの迷信の犠牲になって、どっかの寺へ献上されてしまう。ウペシュがそれを知って悲しみ嘆く。「若い観衆の劇場」教育部がそこでいおうとしている迷信の力と科学の力との対照は、うまい演劇的表現で、大人をもひきつける面白さで・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ただよった時葉の縁には細い細いしかしながらまばゆいばかりの金線が出来てつつましく輝きながら打ち笑む様を見た時に、―――― やがて見て居るうちにはわけのわからない涙がにみじ出して心の中には只嬉しさと謙譲と希望に満ちてその美の中に自らが呼吸・・・ 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・ 思いきって威張ってほこり顔な美くしさも時にはまたなく美くしいものだけれ共、ぶなの輝きが少しでも高ぶった気持をもって居たら私はきっと見向きもしなかっただろうに―― 私は幸にもぶなの木魂が謙譲のゆかしさを知って居て呉れた事を心からうれ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
人類が、生命の本然によりて掛ける祈願の前に、私共は謙譲であり、愛に満ちてありたい。 あらゆる悲惨の彼方へ、あらゆる不正と、邪悪との彼方へ! 其れは利己的な、一寸法師の「我」が探求する事なのではないのだ、と想う。お互の魂・・・ 宮本百合子 「断想」
・・・ いつも謙譲に、その人々は美くしいものを、讃め、尊ぶことを知っていたと同時に、讃めるにも、尊ぶにも「彼自身」をなくして出来るだけ多勢群れている方へと、向う見ずに走って行くような人ではなかった。 ほんとに小さな者の前で、急に膨れ上るか・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 駿府の城ではお目見えをする前に、まず献上物が広縁に並べられた。人参六十斤、白苧布三十疋、蜜百斤、蜜蝋百斤の四色である。江戸の将軍家への進物十一色に比べるとはるかに略儀になっている。もとより江戸と駿府とに分けて進上するという初めからのし・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫