・・・とくすること日々ある日また四老に会す、幽賞雅懐はじめのごとし、眼を閉じて苦吟し句を得て眼を開く、たちまち四老の所在を失す、しらずいずれのところに仙化して去るや、恍として一人みずから佇む時に花香風に和し月光水に浮ぶ、これ子が俳諧の郷なり・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ カン蛙は、野鼠の激昂のあんまりひどいのに、しばらくは呆れていましたが、なるほど考えて見ると、それも無理はありませんでした。まず野鼠は、ただの鼠にゴム靴をたのむ、ただの鼠は猫にたのむ、猫は犬にたのむ、犬は馬にたのむ、馬は自分の金沓を貰う・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 柏はざわめき、月光も青くすきとおり、大王も機嫌を直してふんふんと云いました。 若い木は胸をはってあたらしく歌いました。「うさぎのみみはながいけど うまのみみよりながくない。」「わあ、うまいうまい。ああはは、ああはは。」・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ 全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さわやかな匂、夏のすずしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいわいが何だかを教えるか数えられませんでした。 そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹る冷たい雫をみじかい草・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・西根の山山のへっぴり伯父は月光に青く光って長々とからだを横たえました。 宮沢賢治 「十月の末」
・・・婦人たちはみんなひどく激昂していましたが何分相手が異教の論難者でしたので卑怯に思われない為に誰も異議を述べませんでした。シカゴの技師ははんけちで叮寧に口を拭ってから又云いました。「なるほど実にビジテリアン諸氏の動物に対する同情は大きなも・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・わたしたちは、本当にもう戦争はいやだし、人間らしくない怒号で狩りたてられることはいやだし、なんぞというとすぐ激昂する、あらあらしさはうんざりです。しかし、日本の現実には安定をもとめている多くの人々の感情をおだやかにうけとめることのできるよう・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・家には平穏な寝息、戸外には夜露にぬれた耕地、光の霧のような月光、蛙の声がある。――眠りつかないうちに、「かすかに風が出て来たらしいな」私は、雨戸に何か触るカサカサという音を聞いた。「そう風だ、風以外の何であろうはずはないではないか、そして、・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 白山羊は、身震いするように体を動かし、後脚の蹄でトンと月光のこぼれて居る地面を蹴った。黒驢馬は令子の方へ向きかわって、順々に足を折り坐った。 気がつくと、其処とは反対の赤松の裏にも白山羊が出て居る。夜は十二時を過ぎた。 令子は・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・と激昂した前書で、はる子には思いがけない内容であった。圭子を憎悪して罵った手紙であった。はる子の圭子に対する友情を尊んで家へはもう来ない。最近自分には×、×などというよい友達が出来たから心配はいらぬと云う結びであった。猶々云い足りぬらし・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫