・・・こんどそれを葉山さんのサロンで公開するんだそうだ。所謂、お友達、を集めてね。ところが、その愚劣な映画の弁士を勤めて、お客の御機嫌を取り結ぶのが、僕の役目なんだそうだ。」「それあいい。」私は、大声で笑ってしまった。「いいじゃないか。北海道・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・海上たちまちに風逆し、浪あらく、航海は困難であった。船が三たびも覆りかけたのである。ロオマンをあとにして三年目のことであった。 宝永五年の夏のおわりごろ、大隅の国の屋久島から三里ばかり距てた海の上に、目なれぬ船の大きいのが一隻うかん・・・ 太宰治 「地球図」
・・・若い青年時代をくだらなく過ごして、今になって後悔したとてなんの役にたつ、ほんとうにつまらんなアと繰り返す。若い時に、なぜはげしい恋をしなかった? なぜ充分に肉のかおりをも嗅がなかった? 今時分思ったとて、なんの反響がある? もう三十七だ。こ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・今さら後悔しても駄目である。幸にも国にはまだ憲法が無い。その代りには、どこへ行って見ても、穴くらい幾らでもある。溝も幾らもある。よしや襟飾を棄てる所は無いにしても、襟くらい棄てる所は幾らもある。 日が暮れた。熱が出て、悪寒がする。幻覚が・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・これが一日ベルリンのフィルハーモニーで公開の弾劾演説をやって無闇な悪口を並べた。中に物理学者と名のつく人も一人居て、これはさすがに直接の人身攻撃はやらないで相対原理の批判のような事を述べたが、それはほとんど科学的には無価値なものであった。要・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥なものやあくどい際物で堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ B君の説明によると、この主婦の亡父は航海者であったそうである。両親がたまたま横浜に来ていた時に生れたのがこの娘であった。しかしまだ物心もつかないうちに本国に帰ってしまったので、日本の記憶と云っては夢ほどにも残っていないが、ただ生れた土・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 幻燈というものが始めて高知のある劇場で公開されたのはたぶん自分らの小学時代であったかと思う。箸と手ぬぐいの人形の影法師から幻燈映画へはあまりに大きな飛躍であった。見て来た人の説明を聞いても、自分の目で見るまでは、色彩のある絵画を映し出・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
一 白熊の死 探険船シビリアコフ号の北氷洋航海中に撮影されたエピソード映画の中に、一頭の白熊を射殺し、その子を生け捕る光景が記録されている。 果てもない氷海を張りつめた流氷のモザイクの一片に乗っかって親・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・若干の道徳学者が人道論を持ち出して映画の公開だけは禁じられるであろう。 チンパンジーは人間とはちがって動物だという。これは動物学者が人為的に勝手な理屈から割り出してきめた分類によるからである。西洋人も日本人も同じ人間だという。しかしA博・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫