・・・を選んだほうが、それだって決して結構なものではないが、むしろそのほうに住んでいたほうが、気楽だと思われるから、敢えて親友交歓を行わないだけのことなのである。 それでまた「徒党」について少し言ってみたいが、私にとって最も苦痛なのは、「・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など競作する場合には、いつでも一ばんである。出来ている。俗物だけに、謂・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・竜騎兵中尉と君僕の交換をしている人はむやみに多いのだから。殊に少し酒が廻っていると、君僕の交際範囲が広くなる。そこで一旦君僕で話をした人に、跡で改まった口上も使いにくい。とうとう誰彼となく君僕で話す。先方がそれに応ずると否とは、勝手である。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・この工事を県当局で認可する交換条件として上高地までの自動車道路の完成を会社に課したという噂話を同乗の客の一人から聞かされた。こうした工事が天然の風致を破壊するといって慨嘆する人もあるようであるが自分などは必ずしもそうとばかりは思わない。深山・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・現に高官や富豪のだれかれが日曜日にわざわざ田舎へ百姓のまねをしに行くことのはやり始めた昨今ではなおさらそんな空想も起こし得られるのである。 昔の下級士族の家庭婦人は糸車を回し手機を織ることを少しも恥ずかしい賤業とは思わないで、つつましい・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・もわれらのような旧時代のものにはどうもあまり好感の持てないタイプである。しかし、とにかくこうした映画で日常教育されている日本現代の青年男女の趣味好尚は次第に変遷して行って結局われわれの想像できないような方向に推移するに相違ない。考えてみると・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そうしてわが日本の、乞食坊主に類した一人の俳人芭蕉は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験の結果と、それによって得られた「発見」を叙述しているのである。 こういうふうに考えて来ると、ほとんどあらゆる・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・パリからロンドンへ渡ってそこで日本からの送金を受取るはずになっており、従ってパリ滞在中は財布の内圧が極度に低下していたので特に煙草の専売に好感を有ち損なったのであろう。マッチも高かったと思うが、それよりもマッチのフランス語を教わって来るのを・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そうして、葬儀場は時として高官の人が盛装の胸を反らす晴れの舞台となり、あるいは淑女の虚栄の暗闘のアレナとなる。今北海の町に来て計らずこのつつましやかな葬礼を見て、人世の夕暮れにふさわしい昔ながらの行事のさびしおりを味わうことが出来たような気・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・音楽家が演奏をしている時に風や雨の音、時には自分の打っているキーの不完全な槓杆のきしる音ですらも、心がそれに向いていなければ耳には響いても頭には通じない。この驚くべき聴感の能力のおかげで、われわれは喧騒の中に会話を取りかわす事ができ、管弦楽・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫