・・・現在自分の口から言出して置きながら、人に看透かされたと思うと直ぐコロリと一転下して、一端口外した自家意中の計画をさえも容易に放擲して少しも惜まなかったのはちょっと類の少ない負け嫌いであった。こういう旋毛曲りの「アマノジャク」は始終であって、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・さすがに剛情我慢の井上雷侯も国論には敵しがたくて、終に欧化政策の張本人としての責を引いて挂冠したが、潮の如くに押寄せると民論は益々政府に肉迫し、易水剣を按ずる壮士は慷慨激越して物情洶々、帝都は今にも革命の巷とならんとする如き混乱に陥った。・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・せめてもの思い出にと、年子は、先生とお別れする前にいっしょに郊外を散歩したのであります。「先生、ここはどこでしょうか。」 知らない、文化住宅のたくさんあるところへ出たときに、年子はこうたずねました。「さあ、私もはじめてなところな・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・夏の日郊外の植木屋を訪ねて、高山植物を求め帰り道に、頭上高く飛ぶ白雲を見て、この草の生えていた岩石重畳たる峻嶺を想像して、無心の草と雲をなつかしく思い、童話の詩材としたこともありました。一生のうちには、山へもいつか上る機会があるように漠然と・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・ と、近ごろ校外の中等学生を取締っている役人を持ちだした。「いいなさい」「強情ね、いったい何の用」「用はない言うてまんがな。分らん人やな」 大阪弁が出たので、紀代子はちらと微笑し、「用がないのに踉けるのん不良やわ。も・・・ 織田作之助 「雨」
・・・私は少し落胆してとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊外行きの電車に乗った。 笹川の下宿には原口が来ていた。私がはいって行くと、笹川は例の憫れむようなまた皮肉な眼つきして「今日はたいそうおめかしでいらっしゃいますね」・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・彼はそのせせこましい展望を逃れて郊外へ移った。そこは偶然にも以前住んだことのある町に近かった。霜解け、夕凍み、その匂いには憶えがあった。 ひと月ふた月経った。日光と散歩に恵まれた彼の生活は、いつの間にか怪しい不協和に陥っていた。遠くの父・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・ 彼らは東京の郊外につつましい生活をはじめた。櫟林や麦畠や街道や菜園や、地形の変化に富んだその郊外は静かで清すがしかった。乳牛のいる牧場は信子の好きなものだった。どっしりした百姓家を彼は愛した。「あれに出喰わしたら、こう手綱を持って・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・僕は折り折り郊外を散歩しますが、この頃の冬の空晴れて、遠く地平線の上に国境をめぐる連山の雪を戴いているのを見ると、直ぐ僕の血は波立ちます。堪らなくなる! 然しです、僕の一念ひとたびかの願に触れると、こんなことは何でもなくなる。もし僕の願さえ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・君が画板を持って郊外をうろつきまわっているように、僕はこの詩集を懐にし佐伯の山野を歩き散らしたが、僕は今もその時の事を思いだすと何だか懐かしくって涙がこぼれるような気がするよ』と自分はよい相手を見つけたので、さっきから独りで憶い浮かべていた・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫