・・・そうしてこれはしばしば後者の一つの属性のごとく取扱われてきたにかかわらず、近来(純粋自然主義が彼の観照の傾向は、ようやく両者の間の溝渠のついに越ゆべからざるを示している。この意味において、魚住氏の指摘はよくその時を得たものというべきである。・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 先年侯井上が薨去した時、侯の憶い出咄として新聞紙面を賑わしたのはこの鹿鳴館の舞踏会であった。殊に大臣大将が役者のように白粉を塗り鬘を着けて踊った前代未聞の仮装会は当時を驚かしたばかりじゃない。今聴いてさえも余り突拍子もなくて、初めて聞・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・して見ればこの人の薨去は文永四年で北条時宗執権の頃であるから、その時分「げほう」と称する者があって、げほうといえば直に世人がどういうものだと解することが出来るほど一般に知られていたのである。内典外典というが如く、げほうは外法で、外道というが・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・それは写真器械というものと人間の目というものの間に存する一つの越え難き溝渠の存在を忘れているように私には思われることである。 急速な運動を人間の目で見る場合には、たとえば暗中に振り回す線香の火のような場合ならば網膜の惰性のためにその光点・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 独立な屋根をもった舞台の三方を廻廊のような聴衆観客席が取り囲んで、それと舞台との間に溝渠のような白洲が、これもやはり客席になっている。廻廊の席と白洲との間に昔はかなり明白な階級の区別がたったものであろうと思われた。自分の案内されたのは・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・左の一篇は、一般に予報の可能なるための条件や、その可能の範囲程度並びにその実用的価値の標準等につきて卑見を述べ、先覚者の示教を仰ぐと同時に、また一面には学者と世俗との間に存する誤解の溝渠を埋むる端緒ともなさんとするものなり。元来この種の問題・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 私は少し行き過ぎて、深い掘割溝の崖の縁にすわって溝渠と道路のパースペクチーヴをまん中に入れたのを描いた。近所の子供らが入り代わり何人となくのぞきに来た。このへんの子供にはだいぶ専門的の知識があって「チューブ」だの「パレット」だのという・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
大正十二年八月二十四日 曇、後驟雨 子供等と志村の家へ行った。崖下の田圃路で南蛮ぎせるという寄生植物を沢山採集した。加藤首相痼疾急変して薨去。八月二十五日 晴 日本橋で散弾二斤買う。ランプの台に入れるため。・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・そしてその日の夕刊に淀橋近くの水道の溝渠がくずれて付近が洪水のようになり、そのために東京全市が断水に会う恐れがあるので、今大急ぎで応急工事をやっているという記事が出た。 偶然その日の夕飯の膳で私たちはエレベーターの話をしていた。あれをつ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・電車の不完全な救助網や不潔な腰掛け、倒れそうな石垣やくずれそうな崖、病菌や害虫を培養する水たまりやごみため、亀裂が入りかかって地震があり次第断水を起こすような水道溝渠、こわれて役に立たぬ自働電話や危険な電線工事、こういう種類のものを報道して・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫