・・・このこじきの体験は忘れられないものである。このこじき根性が抜けないおかげで今日をどうやらこうやら飢えず凍えず暮らして行かれるのかもしれないのである。 こんな年中行事は郷里でも、もうとうの昔に無くなってしまって、若い人たちにはそんな事があ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・この雲の上には実に東京ではめったに見られない紺青の秋の空が澄み切って、じりじり暑い残暑の日光が無風の庭の葉鶏頭に輝いているのであった。そうして電車の音も止まり近所の大工の音も止み、世間がしんとして実に静寂な感じがしたのであった。 夕方藤・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・黒んぼの子守がまっかな上着に紺青に白縞のはいった袴を着て二人の子供を遊ばせている。黒い素足のままで。 ホンコンから乗った若いハイカラのシナ人の細君が、巻煙草をふかしていた。夫もふかしていた。 三 シンガポール・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・もう今日の洋画家中唯一の浅井忠氏を除けばいずれも根性の卑劣なぼうしつの強い女のような奴ばかりで、浅井氏が今度洋行するとなると誰れもその後任を引受ける人がない。ないではないが浅井の洋行が厭であるから邪魔をしようとするのである。驚いたものだ。不・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・は大変心持が好いのであるが、深くその裏面に立ち入って内省して見ると、願くはこの義務の束縛を免かれて早く自由になりたい、人から強いられてやむをえずする仕事はできるだけ分量を圧搾して手軽に済ましたいという根性が常に胸の中につけまとっている。その・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至りだ、この二婆さんの呵責に逢てより以来、余が猜疑心はますます深くなり、余が継子根性は日に日に増長し、ついには明け放しの・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・輪になった帯の間から根性に似合わない優しい顔が眠っていた。何を考えているんだか、あの眼の光は俺には解らなかった。旦那衆のように冷たくは光らなかった。憤って許りいるような光でもなかった。涙を溜めてもいなかった。だが、俺を一度でおどかしやがった・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・婦人の性質粗野にして根性悪しく、夫の父母に対して礼儀なく不人情ならば離縁も然る可し。第二子なき女は去ると言う。実に謂われもなき口実なり。夫婦の間に子なき其原因は、男子に在るか女子に在るか、是れは生理上解剖上精神上病理上の問題にして、今日進歩・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・また、武家の子を商人の家に貰うて養えば、おのずから町人根性となり、商家の子を文人の家に養えば、おのずから文に志す。幼少の時より手につけたる者なれば、血統に非ざるも自然に養父母の気象を承るは、あまねく人の知る所にして、家風の人心を変化すること・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・とペンネンネンネンネン・ネネムはけだかい紺青色にかがやいてしずかに云いました。 その時はじめて地面がぐらぐらぐら、波のようにゆれ「ガーン、ドロドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」と耳もやぶれるばかりの音がやって来ました。それか・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫