・・・もっともそのまた雌の河童はこの国第一の美人だった上、夫の道路工夫をごまかすのにも妙をきわめていたということです。 僕は一週間ばかりたった後、この国の法律の定めるところにより、「特別保護住民」としてチャックの隣に住むことになりました。僕の・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・意気込んで舞台へ飛び出したが、相手役がいなかったというバツの悪さをごまかすには、せめて思いも掛けぬお加代という登場人物を相手にしなければならない。「へえん、随分ご親切だけど、かえって親切が仇にもなるわよ」 と、お加代はしかし大根役者・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・』『少し風邪を引いて二日ばかり休みました』と自ら欺き人をごまかすことのできざる性分のくせに嘘をつけば、人々疑わず、それはそれはしかしもうさっぱりしたかねとみんなよりいたわられてかえってまごつき、『ありがとう、もうさっぱりとしました。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ったので、蛾の形のあざをちらと見て、はっとして、と同時に夫も、私に気づかれたのを知ったらしく、どぎまぎして、肩にかけている濡れ手拭いの端で、そのかまれた跡を不器用におおいかくし、はじめからその蛾の形をごまかすために濡れ手拭いなど肩にかけてい・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ あなたは、ケチで、ごまかすから。」「心配するな。ぼくだって、いま一生懸命なんだ。これが失敗したら、身の破滅さ。」「フクスイの陣って、とこね。」「フクスイ? バカ野郎、ハイスイの陣だよ。」「あら、そう?」 けろりとしてい・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・酒を呑むと、気持を、ごまかすことができて、でたらめ言っても、そんなに内心、反省しなくなって、とても助かる。そのかわり、酔がさめると、後悔もひどい。土にまろび、大声で、わあっと、わめき叫びたい思いである。胸が、どきんどきんと騒ぎ立ち、いても立・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・この錯覚を利用して映画の背景をごまかすグラスウォークと称する技術が存在するくらいである。 映画の場合には双眼視的効果だけはないのであるが、レンズの焦点が深さをもつという事から来る立体的な効果は目の場合と本質的に変わったことはない。窓わく・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それでできないものをでかそうとすれば何かしら無理をするとかごまかすとかするよりほかに道はない、といったような場合も往々あるようである。また一方下級の技術官たちの間では実に明白に有効重要と思われる積極的あるいは消極的方策があっても、その見やす・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・悪く言えば「要領よくごまかす」というはなはだ不祥なことが、よく言えば一つの交響楽の演奏をするということにもなりうる。めいめいがソロをきかせるつもりでは成り立たないのである。 中学時代にはよく「おれは何々主義だ」と言って力こぶを入れること・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・商人が自分の商品に興味と熱を失う時代は、やがて官吏が職務を忘却し、学者が学問に倦怠し、職人が仕事をごまかす時代でありはしないかという気がすることもある。しかし考巧忠実な店員に接し掌をさすように求める品物に関する光明を授けられると悲観が楽観に・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
出典:青空文庫