・・・自分なぞも資産家でさえあればきっとすばらしい贋物や贋筆を買込で大ニコニコであるに疑いない。骨董を買う以上は贋物を買うまいなんぞというそんなケチな事でどうなるものか、古人も死馬の骨を千金で買うとさえいってあるではないか。仇十州の贋筆は凡そ二十・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・たった一冊出て仲間は四散した。目的の無い異様な熱狂に呆れたのである。あとには、私たち三人だけが残った。三馬鹿と言われた。けれども此の三人は生涯の友人であった。私には、二人に教えられたものが多く在る。 あくる年、三月、そろそろまた卒業の季・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 科学者自身が、もしもかなりな資産家であって、そうして自分で思うままの設備を具えた個人研究所を建てて、その中で純粋な自然科学的研究に没頭するという場合は、おそらく比較的に一番広い自由を享有し得るであろう。尤も、そういう場合でも、同学者の・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・芭蕉の名匠であったゆえんは極端から極端までちがった個性の特長を正当に認識して活躍させた点にあるので、統率者の死後これらが四散しけんかを始めたのはやはり個性のはなはだしい相違から来るのである。 この共同制作が可能であり、また共同によって始・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 女には一人の姉があって、その姉は二、三年まえすでにある資産家のところへ嫁に行った。今でも行っている。世間並みの夫婦として別にひとの注意をひくほどの波瀾もなく、まず平穏に納まっているから、人目にはそれでさしつかえないようにみえるけれども・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ だが、深谷は級友中でも有数の資産家の息子であった。それにしても盗癖は違う。いくら不自由をしない家の子でも、盗癖ばかりは不可抗的なものだ。だが、盗癖ならばまず彼がその難をこうむるべき手近にいた。且つ近来、学校中で盗難事件はさらになかった・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ さればかの文明富強の根本たる教育を受けたる者が、国を富ますためには、まずもって自身の富をいたすの必要なるは申すまでもなきことなるに、世間の実際はこれに反し、およそ我が国の学者として大いに資産を作り出だしたるものを見ず。いかなる専門の一・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・主人の方こそ却て苦労多かる可し、下女下男にも人物様々、時としては忠実至極の者なきに非ざれども、是れは別段のことゝして、本来彼等が無資産無教育なる故にこそ人の家に雇わるゝことなれば、主人たる者は其人物如何に拘らず能く之を教え之を馴らし、唯親切・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・良人五年の中風症、死に至るまで看護怠らずといい、内君七年のレウマチスに、主人は家業の傍らに自ら薬餌を進め、これがために遂に資産をも傾けたるの例なきにあらず。 これらの点より見れば、夫婦同室は決して面白きものにあらず。独身なれば、親戚朋友・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・そしてその目的を遂げるために、財界の老錬家のような辣腕を揮って、巧みに自家の資産と芸能との遣繰をしている。昔は文士を bohm だなんと云ったものだが、今の流行にはもうそんな物は無い。文士や画家や彫塑家の寄合所になっていた、小さい酒店が幾つ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫