・・・ どこまで正気なのか、本当に、呆れた主人であります。 太宰治 「十二月八日」
・・・俺はね、どんなに酔っても正気は失わん。きょうはお前たちのごちそうになったが、こんどは是非ともお前たちにごちそうする。俺のうちに来いよ。しかし、俺の家には何も無いぞ。鶏は、養ってあるが、あれは絶対につぶすわけにいかん。ただの鶏じゃないのだ。シ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・あなたに面罵せられて、はじめて私は、正気になりました。自分の馬鹿を知りました。わかい研究生たちが、どんなに私の絵を褒めても、それは皆あさはかなお世辞で、かげでは舌を出しているのだという事に気がつきました。けれどもその時には、もう、私の生活が・・・ 太宰治 「水仙」
・・・ 殴らなくちゃいけねえ。正気にかえるまで殴らなくちゃいけねえ。数枝、振り向きもせず、泣き叫ぶ睦子を抱いて、階段をのぼりはじめる。和服の裾から白いストッキングをはいているのが見える。伝兵衛、あがく。あさ、必死にとどめる。・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 部屋へあがって、座ぶとんに膝を折って正坐し、「私は、正気ですよ。正気ですよ。いいですか? 信じますか?」 とにこりともせず、そう言った。 はてな? とも思ったが、私は笑って、「なんですか? どうしたのです。あぐらになさ・・・ 太宰治 「女神」
・・・幸いにまもなく正気づきはしたが、とにかくこれがちょうど元旦であったために特に大きな不祥事になってしまったのである。 正月元旦は年に一度だから幸いである。もしこれが一年に三度も四度もあったらたいへんであろうと思われるが、しかしいっそのこと・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・などと話し合っているのを聞いた事もあったが、そう言われればなるほど私にも多少そう思われない事もなかったが、その目つきがはたして正常な正気の象の目つきとどれだけ違うかを確かめる事は私にはできなかった。 果てもない広い森林と原野の間に自在に・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・――ただいま正木会長の御演説中に市気匠気と云う語がありましたが、私の御話も出立地こそぼうっとして何となく稀有の思はあるが、落ち行く先はと云うと、これでも会長といっしょに市気匠気まで行くつもりであります。 まず――私はここに立っております・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・されどもややあって正気に復し下の模様を見てあれば、いかにもその子は勢も増し、ただいたけなく悦んでいる如くなれども、親はかの実も自らは口にせなんじゃ、いよいよ餓えて倒れるようす、疾翔大力これを見て、はやこの上はこの身を以て親の餌食とならんもの・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・式場は俄に大騒ぎになりシカゴの畜産技師も祭壇の上で困って立っていました。正気を失った人たちはみんなの手で私たちのそばを通って外に担ぎ出され職業の医者な人たちは十二三人も立って出て行きました。しばらくたって式場はしいんとなりました。婦人たちは・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫