・・・ 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。 夏目漱石 「一夜」
・・・況んや小説家の中にも皆無である。ただ一人、僕の知る範囲で芥川龍之介が居た。彼は自殺の一二年前から、その作品の風貌を全く変へたが、これがニイチェの影響であつたことは、その「歯車」「西方の人」「河童」等の作品によく現れて居る。且つ彼はそのエッセ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 私を通りすがりに、自動車に援け乗せて、その邸宅に連れて行ってくれる、小説の美しいヒロインも、そこには立っていなかった。おまけにセコンドメイトまでも、待ち切れなくなったと見えて、消え失せてしまっていた。 浚渫船の胴っ腹にくっついてい・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・其れも小説物語の戯作ならば或は妨なからんなれども、家庭の教育書、学校の読本としては必ず異論ある可し。然らば即ち今日の女大学は小説に非ず、戯作に非ず、女子教育の宝書として、都鄙の或る部分には今尚お崇拝せらるゝものにてありながら、宝書中に記す所・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
人物の善悪を定めんには我に極美なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・しかしもうあまたの閲歴、しかも猛烈な閲歴を持っているから、小説らしい架空な妄想には耽らない。この男はきちんと日課に割り附けてある一日の午後を、どんな美しい女のためにでも、無条件に犠牲に供せようとは思わない。この心持は自分にもはっきり分かって・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・こんな物凄い光景を想像して見ると何かの小説にあるような感じがして稍興に乗って来るような次第である。併し乍ら火がだんだんまわって来て棺は次第に焼けて来る。手や足や頭などに火が附いてボロボロと焼けて来るというと、痛い事も痛いであろうが脇から見て・・・ 正岡子規 「死後」
・・・「今の前の小節から。はいっ。」 みんなはまたはじめました。ゴーシュも口をまげて一生けん命です。そしてこんどはかなり進みました。いいあんばいだと思っていると楽長がおどすような形をしてまたぱたっと手を拍ちました。またかとゴーシュはどきっ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ こういう文章のたちと、こういうテーマの扱い方の小説は、今日めいめいの青春を生きている読者たちにとって、『白樺』の頃武者小路氏の文学が周囲につたえた新しい脈動とはおのずから性質の違った親愛、わかりよさに通じるようなものとして受けいれられ・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・三月三日でお雛祭の日だのに雨まじりの小雪さえ降り、寒い陰気な日であった。何でも、まだ電気の燈いている時分に起き、厚い着物に蝶模様の羽織を着、前夜から揃えてあった鉛筆や定木、半紙の入った包みを持って出かけた。俥に乗り、前ばかりを見つめて大学の・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
出典:青空文庫