・・・ これまで云いもしなかった社会部面について書くと、作家ABCは消滅して、啓蒙パンフレット屋がかく通りの用語、表現で作家が書きはじめるということは、過渡期のあらわれとしても、現代文学の明日への真実な成長のために、考えさせるところが少くない・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ この時ツァウォツキイが昔持っていて、浄火の中に十六年いたうちに、ほとんど消滅した、あらゆる悪い性質が忽然今一度かっと燃え立った。人を怨み世を怨む抑鬱不平の念が潮のように涌いて来た。 今娘が戸の握りを握って、永遠に別れて帰ろうとする・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・感覚のみにその重心を傾けた文学は今に滅びるにちがいない。認識活動の本態は感覚ではないからだ。だが、認識活動の触発する質料は感覚である。感覚の消滅したがごとき認識活動はその自らなる力なき形式的法則性故に、忽ち文学活動に於ては圧倒されるにちがい・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・散歩のついでにそれを取って来て庭に植えたこともあるが、それはいつのまにか消滅してしまった。杉苔を育てるのはむずかしいと承知しているから、二度とは試みなかった。ところが五、六年前、非常に雨の多かった年に、中庭の一部に一面に杉苔が芽を出した。秋・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫