・・・この二人の話を聞いてからなるほどそんな事もあろうかと思って試みに当代ならびにその以前の廟堂諸侯の骨相を頭の中でレビューしながら「大臣顔」なるものの要素を分析しようと試みたのであった。 ついせんだってのあのベーブ・ルースの異常な人気でも、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・昨年の颱風の上陸したのは早朝であったのでその前にも空はいくらかもう明るかったであろうから、ことによるといわゆる颱風眼の上層に雲のない区域が出来て、そこから空の曙光が洩れて下層の雨の柱でも照らしたのではないかという想像もされなくはないが、何分・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・そのものの本性に関する諸問題に意外な曙光をもたらすようなことにならないとも限らない。従来はただ二つの物質間の摩擦係数さえ測定されればそれで万事が解決したと考えられていたようであるが、分子物理学の立場からすれば摩擦の問題はまだほとんど空白とし・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・を用いるという事によって、はじめて今日の科学が曙光を現わしたと思われる。もし古来の科学者が、「試み」なしの臆断を続けたり、「試み」の結果を判断する合理的の標準なしに任意の結論を試みたり、あるいは「試み」に伴なう怪我のチャンスを恐れて、だれも・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・しかし学者が第一次の近似を求めて真理の曙光を認めた時に、世人はただちに枝葉の問題を並べ立てて抗議を申込む。例えば天気予報などもある意味においてそうである。第一次の近似だけでもそのつもりで利用すれば非常に有益なものである。第二次第三次と進むに・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・ただ近来少数ではあるがまじめで立派な連句に関する研究的の著書が現われるのは暗夜に一抹の曙光を見るような気がして喜ばしい。しかし結局連句は音楽である。音楽は演奏され聞かれるべきものである。連句の音楽はもう少し広く日本人の間に演奏され享楽されて・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・季節と共に風の向も変って、春から夏になると、鄰近処の家の戸や窓があけ放されるので、東南から吹いて来る風につれ、四方に湧起るラヂオの響は、朝早くから夜も初更に至る頃まで、わたくしの家を包囲する。これがために鐘の声は一時全く忘れられてしまったよ・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・ 文壇の諸公をいわゆる文明社会に住む人と見傚せば、勢いこの性質を具していなければならない。人間としてこの性質を帯びている以上は作物の上にも早晩この性質を発揮するのが天下の趨勢である。いわゆる混戦時代が始まって、彼我相通じ、しかも彼我相守・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・間にあまる壁を切りて、高く穿てる細き窓から薄暗き曙光が漏れて、物の色の定かに見えぬ中に幻影の盾のみが闇に懸る大蜘蛛の眼の如く光る。「盾がある、まだ盾がある」とウィリアムは烏の羽の様な滑かな髪の毛を握ってがばと跳ね起る。中庭の隅では鉄を打つ音・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来、酒を飲み宴を開くの風を生じ(元来飲酒会宴の事は下士に多くして、上士は都て質朴、殊に徳川の末年、諸侯の妻子を放解して国邑に帰えすの令を出し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫