・・・思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお霜は承知と呑み込んで俊雄の耳へあのね尽しの電話の呼鈴聞えませぬかと被せかけるを落魄れても白い物を顔へは塗りませぬとポンと突き退け・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・その一つからは、小高い石垣と板塀とを境に、北隣の家の茶の間の白い小障子まで見える。三郎はよくその窓へ行った。遠い郷里のほうの木曽川の音や少年時代の友だちのことなぞを思い出し顔に、その窓のところでしきりに鶯のなき声のまねを試みた。「うまい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・自分の知識が白い光をその上に投げると、これらのものは皆その粉塗していた色を失ってしまう、散文化し方便化してしまう。それを知らぬ振りに取りつくろって、自分でもその夢に酔って、世と跋を合わせて行くことは、私にはだんだん堪えがたくなって来た。自分・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・そして白い、短い眉毛の下の大きな、どんよりした、青い目で連の方を見ている。老人は直ぐ前を行く二人の肘の間から、その前を行く一人一人の男等を丁寧に眺めている。その歩き付きを見る。その靴や着物の値ぶみをする。それをみな心配げな、真率な、忙しく右・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・そして今にも岸をはなれようとしていますと、馬は、ふいに白いむく犬になって、いきなり船へ飛び乗り、ウイリイの足もとへしゃがみました。ウイリイはこれから長い間、海や岡をいくのにちょうどいい友だちが出来たと思って喜びました。 船は追手の風で浪・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・所々の草むらは綿の木の白い花でかざった壁のようにも思われます。なにしろどろの中に落ちこまないようにまっすぐに歩かなければなりませんでした。おまけにここには、子どもたちがうっかりすると取ってしかられる、毒のある黒木いちごがはえていました。むす・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・その弟の白いレンコオトだった。 季節はずれのそのレンコオトを着て、弟は寒そうに、工場の塀にひたと脊中をくっつけて立っていて、その塀の上の、工場の窓から、ひとりの女工さんが、上半身乗り出し、酔った弟を、見つめている。 月が出ていたけれ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・楊樹の彼方に白い壁の支那民家が五、六軒続いて、庭の中に槐の樹が高く見える。井戸がある。納屋がある。足の小さい年老いた女がおぼつかなく歩いていく。楊樹を透かして向こうに、広い荒漠たる野が見える。褐色した丘陵の連続が指さされる。その向こうには紫・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・湿った庭の土からは、かすかに白い霧が立って、それがわずかな気紛れな風の戦ぎにあおられて小さな渦を巻いたりしていた。子供等は皆学校へ行っているし、他の家族もどこで何をしているのか少しの音もしなかった。実に静かな穏やかな朝であった。 私は無・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫