・・・ その微かな閃光、その高まり来る諧調を、誤たず、混同せず文字に移し載せられた時、私共は、真個に、湧き出た新鮮な創作の真と美とに触れられる。昔、仏像の製作者が、先ず斎戒沐浴して鑿を執った、そのことの裡に潜む力は、水をかぶり、俗界と絶つ緊張・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・背後が襖のない棚になっていて、その上の方に『新小説』『文芸倶楽部』『女鑑』『女学雑誌』というような雑誌が新古とりまぜ一杯積み重ねてあって、他の一方には『八犬伝』『弓張月』『平家物語』などの帝国文庫本に浪六の小説、玄斎の小説などがのっていた。・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・あらゆる困窮の裡にあって、変らぬ助手とし、友とし、愛人として暖く男子の生涯を護った女性に、彼等祖先は、真個のノストラ・マーターの永遠性を感得せずにはいられなかったのです。まして、その時代には、移住した男子の数より遙に女性のそれは少なかったで・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 私は、姓によって、彼を遇することを異るような世間には、世話にならないで生きて行くと云った。真個に、我々が生きて行く世界は其那浅薄なものではないのだ、と断言した。が、母上は、我々の突然な結婚によって受けた苦痛、恥辱の感、それを如何うして・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・しかし源氏物語の文章は、詞の新古は別としても、とにかく読みやすい文章ではないらしゅう思われます。 そうして見ますれば、特に源氏物語の訳本がほしいと思っていたわたくし、今晶子さんのこの本を獲て嬉しがるわたくしと同感だという人も、世間に少な・・・ 森鴎外 「『新訳源氏物語』初版の序」
出典:青空文庫